マンション入居9年目−喜びより哀しみの多い風景

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★ もう、というか、まだ、というか、私が今のマンションに入居して8年を経過し、9年目に入りました。購入契約を結んだのは10年以上前で、本ブログでも何べんか触れていますが、地方支社勤務を命ぜられ、当初から家族を元いた小学校区に2年後に返す計画で家族を地方に連れて行き、地方赴任1年目の夏に上京して決めて契約したのが今のマンションでした。

 したがって、マンション入居の際は私は単身赴任のまま上京して家族と引っ越しを行い、その1年半後に東京勤務となってようやく家族と一緒になれました。その1年後にはあの
東日本大震災が発生、その日私は都心から約15キロを歩いて多摩川を渡り、停電で真っ黒な物体と化した我が家を目の当たりにして呆然としたのでした。

 この大震災の教訓があって、
マンション内ではコミュニティ活動が活発になりました。まずは同じ階の住人同士の集まりがあり、次いで上下階の住人との交流があって、「お互い助け合わなきゃね」と盛り上がりました。私達の階では自主的にマンションのパーティールームを借りて食事を兼ねた交流会も行いました。そんなこともあってか、年に1度の防災訓練では私達の階は大変集まりがよく、皆で仲良く消火設備の点検なども行いました。

 しかし、
そんな盛り上がりも、大震災から年数が経過するに連れて徐々になくなっていきました。元々賃借人がほとんどいないと思われた私達の階ですが、売却したのか賃貸に出したのか、よくわからない方々にいつの間にか変わっていたりしました。もちろん挨拶は交わすのですが、それ以上の交流のきっかけがないまま推移し、そんな人間関係の方々が年々増えています。

 そして、少数派となりつつある
分譲以来住み続けている世帯も、年数を経るに連れ、生活が自ずと変わってきました。仕事をリタイア後に購入されたシニアの方々については、徐々に姿を見かけることが少なくなっています。それは、お体の調子が悪いのか、それとも売却又は賃貸に出して既にいらっしゃらないのか、気をもみながらも確たることはわからない状態です。

 ある元気なシニアのご夫婦は、確かに昨年夏まで長年連れ添った老犬を散歩に連れている姿を頻繁にお見かけしたのですが、その老犬が亡くなった後、
お会いした記憶がありません。他のシニアのご夫婦はしばらく小さい子供連れの息子さん夫婦が同居してにぎやかだったのですが、ご主人がお体を悪くされたためか、息子さん夫婦の姿は見えなくなりました。お一人でお住まいのシニアの女性は、先日お見かけした時はめっきり老けこんで見えました。

 変わったのは私達家族も一緒です。購入時は40歳代前半だった私と妻も今や50歳代、小学生だった娘2人は大学生になりました。傍から見れば相当容貌の変化もあるはずです。

 共同で住みながらもプライバシーが重視され、お互いがごく浅いお付き合いでしかないのがマンション生活です。しかし、ご近所を全く知らないならまだ気楽なのですが、少しでも関わりがあると案じることも多くなります。人間は年を取っていく生き物ですから、同じマンションに長く住むと、哀しみを見ることのほうが多くなります。

 これを克服するには、マンションからマンションへと歯切れよく移り住んでいくか、同じマンションでとことん濃密なコミュニティを作り上げて「気をもむ風景」を消していくしかありません。しかし、私達家族を含め多くのマンション購入世帯が
どっちつかずの状態のまま、日々老いながら暮らしているのが現実で、それはそれで一つのライフスタイルなのだろうと最近は思っています。

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| コミュニティ | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
大家族であるということ−ワンコとの帰郷

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★ 年子の娘2人の受験生活もようやく終わり、今年のお正月は久しぶりに妻の実家に帰ることにしました。妻の実家は関西で、今までは車で帰っていたのですが、本ブログでも書いたとおり、車は2年半前に売ってしまいました。新幹線か、いっそ夜行バスかと悩んだ末、乗り捨てしなければレンタカーが案外安いことに気づき(1200〜1300ccで5日間25,000円程度でした)、最寄りのニッポンレンタカーのお世話になりました。

 昨年夏から飼いはじめたワンコ(パピヨンです)はペットホテルに預けるつもりが、やはり置いていくには忍びず、わざわざカーシェアリングに入会し、事前に車にワンコを乗せてみて慣れさせました。このときワンコは2回吐いてしまって心配したものの、同行を決行、結果としては深夜走行中ワンコはずっと寝ていて無事に実家にたどり着くことができました。


 妻の実家は農家の本家で、もともと町村(合併して市に)の田舎ではあるのですが、私も知らない広大な土地・山林を所有している模様です。普通はそのような土地は今や負の財産でしかないところ、国道1号線や名神高速道路に挟まれた場所で、工場立地、ゴルフ場開発、これらに伴う道路の拡張などで土地を切り売りして(自ら望んだものではないようです)お金が入ってきたようで、そのお金で本家を一新したりしました。その意味では、地方の中では恵まれていると言えるでしょう。

 6年前、妻の実家から車で30分もかからないところに
忽然とアウトレットパークが出現し、3年前に拡張され、日本最大級のアウトレットモールに成長、実家からはこのアウトレットパークにほとんど信号にひっかからずに行けることから、娘達は「お買い物は東京やここ(武蔵小杉)じゃなくてアウトレットでする!」と楽しみにしていたくらいです。

 しかし、
生活様式や人付き合いは田舎そのもので、妻の実家も3世帯同居をし、離れでは私から見て甥となる子が家を新築して4人家族で住んでいます。家を継ぐため地元の小学校の教師となった甥は、新築の家の中に暖炉を設け、実家の山から木を切り出して薪を作り、暖炉にくべています。これがエアコンやストーブなどと比べものにならないくらい暖かく、昔の人達の生活の豊かさを垣間見る思いでした。

 私たち家族の到着で、離れを入れれば
13人の大家族となり、正月にはさらにもう一人の甥が新妻を連れて帰ってきて15人、また、実家には年老いたワンコ(ダックスです)が1匹と、突然の思わぬ事態に怯えた我が家のワンコは、大いに体を震わせ、また、激しく吠え続けました。

 これだけ人が多いと、
毎日がわさわさと、あっという間に日が過ぎて行きました。アウトレットには2回行き、元旦には親戚を呼んで甥・新妻のお披露目会が開催され、2日には在所で守り続ける神社で初詣、そして2日の夜には再び武蔵小杉へ車で帰ることになりました。

 あれだけ怯えていた我が家のワンコは、
最後は別れを惜しんでキュンキュン鳴いていました。新名神・東名と車を走らせて武蔵小杉の自分たちのマンションに帰ってくると、妻の実家とは違うあまりの静けさに私も淋しさが募りました。「帰ってきちゃったねえ」とワンコに話しかけると、ワンコは気落ちしたようにその日一日はずっと体を丸めて寝込んでいました。

 今では核家族が当たり前になった時代に、3世帯が同居する家は地方でも少なくなりました。確かにプライバシーは少なく、家族間の喧嘩や言い合いもしょっ中で、
身の置き所がないなと思うところもあるのですが、やはり家族としての絆の心強さ、頼もしさを感じるのです。毎日賑やかにわいわいやる楽しさは、個々に住むマンションでは味わい難いかけがえのないものだと思います。

 人間もワンコも元来、群れで生活する生き物であることを、気付かさせてくれたお正月でした。

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| コミュニティ | 22:01 | comments(2) | trackbacks(0) |
コミュニティ条項を失うマンション標準管理規約−漂流するゲマインシャフト
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★ 少々古い記事ですが、4月8日付のSankei Bizは、『マンション管理新規約で組合激震か 役割否定…国交省方針に業界など猛反発』という記事を掲載しました。長い記事ですので、以下に概要を記します。

国土交通省が、マンション管理組合の「コミュニティ形成」(コミュニティ条項)という言葉を新たな標準管理規約案から削除する方向を打ち出しました。住まいに関するさまざまなトラブルに対処する“マンション自治”を担ってきた管理組合から、その役割が取り払われます。数年間にわたる管理会社、管理組合団体の猛反発を押し切った格好です。

 今年3月27日に国交省の
「マンションの新たな管理ルールに関する検討会」がまとめた報告書案では、2004年1月の標準管理規約改定以降、ほぼ10年間、マンション生活の基本に据えられてきた「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成」(現行の標準管理規約第32条15項)の削除が打ち出されました。「新標準管理規約」として、近くすべてのマンションに適用される見通しです。

 マンション管理組合といえば、
日常的に発生するマンション内のトラブルやもめ事の解決へ向けた調整などを担っています。こうした対応は、管理組合の理事長や理事が管理会社の社員と相談をしながら調整しますが、住民同士、管理会社と住民の間で形成したコミュニティーの中でコミュニケーションがとられているとスムーズに事は収まります。

 さらに、
市役所、消防署、電力会社、警察、銀行など外部との交渉は多く、町内会とのつながりも出てきます。例えばマンション内の樹木の実が隣近所に舞ったりして被害が発生すれば、管理組合の理事長は「善管注意義務」が発生すると考えられ、そうした問題に対処するために日常の地域コミュニケーションが必要になります。これまでのマンション管理で当然の業務であり、管理組合と管理会社の連携で取り組まれてきました。

 しかし、
マンション管理費から自治会費や役員の飲食費への支出について、訴訟リスクが発生する恐れがあるとの判断もあり、マンション所有者が強制加入し、管理費を支出する管理組合“自治”の名のもと、管理費を無駄遣いすることを防ごうというのです。実際にこうしたもめ事は全国で発生しており、裁判にもなっています。自治関連の支出がなくなり、管理組合が純粋に建物などの財産管理だけを担うことになれば、管理費が安くなる可能性もあり、コミュニティ条項削除の判断は、マンション所有者にとっては合理的ともみえます。

 一方、
マンションの“自治”がおろそかになり、さまざまなトラブル対処ができなくなれば、「マンションの資産価値に響く」可能性があります。国交省側も、報告書案では「今回の標準管理規約の見直しは(中略)コミュニティに係る規定について、管理費の支出をめぐり、意見の対立や内紛、訴訟等の法的リスクがあるという法律論から行っているもので、別途の政策論からは、マンションのコミュニティー活動は積極的に展開されることが望ましい」とし、マンション自治そのものの重要性を否定はしていません

 しかし、
管理組合と別に任意の自治会を作るのは実際には容易ではなく、第三者にもめ事の解決などを委ねるとしても「従来の管理費より出費がかさむことになるのではないか」という見方もあります。」

 以上がSankei Bizの記事の概要です。私はこの記事を
複雑な気持ちで読みました。マンションとコミュニティの関係は、(「マンション・コミュニティ」という巨大なポータルサイトもありますが)いまだその位置づけが確立されていないものの(だからこそコミュニティ条項が削除されるのでしょう)、やはりどこかで意識せざるをえないつながりだと感じるからです。

 昔の言葉に
「隣保協同」というものがあります。あるいは「向こう三軒両隣」という言葉もあります。「五人組」「隣組」というのは時の政府が都合よくつくった仕組みかもしれませんが、それも人の住まいと住まいの間に何らかの素地が自然発生的にあったからで、それが今風に言えば「コミュニティ」なのだと思います。

 ドイツ語で言えば
テンニースの提唱した「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の違いです。「ゲマインシャフト」とは、地縁、血縁などにより自然発生した社会集団のことです。一方、「ゲゼルシャフト」とは、選択意思を基礎として形成される社会関係を言います。言わば実用主義的合理主義を特色とする社会です。

 私がこの記事を読んで感じたのは、
国交省の研究会は、マンションを「ゲゼルシャフト」的に考えたのだな、ということです。個々人がばらばらのプライベート空間を最大効率的に使うためのハコマンションなのであって、それぞれの区分所有なのだから、それを支えるハコを最低限維持するのが管理組合の役割だというのです。それは確かに、その通りです。

 一方、
マンションのコミュニティというのは、マンションという区分所有形態が想定していない人と人とのつながりを表現したものです。マンションはハコなのですが、同時に人の住まいであり、人が住む以上、人と人との関係は生まれざるを得ない、それが「ゲマインシャフト」なのだ、ということです。

 「ゲマインシャフト」である、ということは自然村ができている、ということであり、自然村がある以上、「オキテ」が必要なのであり、そうすると必然的に「オキテ」を守る組織が要請され、それがマンションでは管理組合が担わざるを得ない、ということだと思います。

 確かに
施策として、標準管理規約からコミュニティ条項を落とすことはできるでしょう。これまで起きてきた訴訟への対応策にもなるかもしれません。しかし、文言上は「ゲゼルシャフト」として合理的に整理しても、マンションが「ゲマインシャフト」から逃れることはできない、と考えます。

 平成16年に挿入された「コミュニティ条項」は、これがあるからコミュニティという(人によっては)厄介な代物が発生したのではなく、むしろ確としてあった「マンション・コミュニティ」の在り様「ゲゼルシャフト」としてのマンションが認めざるを得なかった、ということではないでしょうか。

 「コミュニティ条項」とは、マンション管理組合が、本来埒外でありながらお付き合いせざるを得なかった「隣保協同精神」折り合う表現形態でした。その条項を喪失しようとしている現在、私達は、それでも存在し続ける「ゲマインシャフト」的社会との付き合い方を、これから改めて模索しなければならない、ということなのでしょう。

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| コミュニティ | 19:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
ひな人形がつなぐマンション・コミュニティ−住人の孤立化を防ぐために
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★ 3月1日付神戸新聞によれば、住人から貸し出されたひな人形がずらりと並ぶ会場で桃の節句を祝う催し「ふれあいひな祭り」が兵庫県明石市本町2のマンション「明石本町ビル」であり、子どもからお年寄りまで約60人が楽しみました。

 同マンションは
53世帯約80人が生活し、毎週日曜の朝、住民有志による朝食会が集会所で行われています。催しはその一環で開き4年目です。15人ほどの住民が、掛け軸や羽子板を含め約20組のひな人形を持ち寄りました。

 会場ではケーキやおしるこなどが振る舞われ、訪れた人々は味わいながら人形を鑑賞しました。管理組合理事長の馬場正宣さん(67)は「住人同士の信頼関係を大切にしながら今後も継続させたい」とのことです。孫と参加した女性(75)「最近は人形を出さなくなっていたので、懐かしい気持ちになりました」笑顔でした。

 以上が神戸新聞の記事の概要です。我が家も
引っ越すたびに大切に持ち歩いてきたのが婚礼ダンスと雛人形です。婚礼家具については、妻は結婚の際、実家からもらうのを拒否していました。「お荷物になるのが目に見えているから」という妻の判断は正しく、地方から東京に戻ってくる際に大半は実家に引き取ってもらったのですが、誂えた着物の入った衣装ダンスだけは返すわけにいかず、我が家の主寝室にでんと鎮座してスペースを占めています。

 雛人形は、四国にいた頃、娘が生まれたのを機に買い求めました。といってもそのときの安い給料で、しかも借家住まいでしたから、二人雛のごくささやかな雛人形のケース飾りです。毎年、桃の節句になると、妻がよいしょと倉庫から出してきて居間に置き、その横で家族4人でちらし寿しや貝のお吸い物などを食べて楽しんできました。

 あれから
引っ越すこと4回昨年もいつの間にか妻が地下のトランクルームから雛人形を取り出し、玄関先に飾っていました。普段は重いものを運ぶのを嫌がる妻ですが、雛人形だけは自分で運び出すので、思い入れがあるのでしょう。私もそれを見ると、子供達が小さい頃からの楽しかった行事の数々を思い出して、心が和みます。一方で、「娘達はいつまで雛人形を飾らせてくれるのだろう」と思ったりします。

 娘達が
いつかは結婚し、家を出ると、雛人形を飾ることはなくなってしまいます。しかし、思い出のいっぱい詰まった雛人形捨てることはできません。こうして、雛人形は、婚礼ダンスとはまた違った意味で保管され続けることとなり、おそらくは私も妻もこの世からいなくなるまで、トランクルームの隅にしまわれることとなるでしょう。

 ですから、私は上記の神戸新聞の記事を読んだとき、
「ああ、いいな」と思いました。記事としては本当にささいな一マンションの出来事で、果たして新聞に掲載するほどのことかと思われた読者もいるかもしれません。しかし、記者も一方ではそう感じつつも、「やはり皆に紹介したい」と考えて、あえて記事にしたのだと思われます。

 ここには
3つの「いいな」というポイントがあります。一つには、長らくしまわれてきた雛人形が再び表に飾られた点、二つには、雛人形を見て、特に家に雛人形がない小さな子供達が喜んだ点、三つには、雛人形が世代を超えて人と人が触れ合うきっかけとなった点です。

 私達夫婦もおそらく
今のマンションで年をとっていくのでしょうが、子供達が独立していくと、なかなか周りとのコミュニケーションがとりづらくなっていくのではないかと思います。どこかで人とのコミュニケーションを求めているのに、そのきっかけがなく、かといって自分から積極的に動くほどのエネルギーもなく自然と孤立していく格好です。今、マンションで高齢者の孤独死が増加しているのもわかる気がします

 そんなとき、こんな
ささやかなふれ合いのイベントが催されたら、誰でも少しの勇気で自然と人の触れ合いの輪に入っていけそうです。特にプライバシーが重視され、居住者が孤立しがちなマンションにおいては、このような押し付けがましくない呼びかけが最適であると思います。

 考えてみれば
マンションほど、皆がコミュニティを敬遠しながらもこれを欲している住み方はないと思います。その複雑な心境を汲み取りつつコミュニティの形成を図るのは容易ではないのですが、毎週日曜の朝に朝食会を有志で開いている「明石本町ビル」の皆さんは、そのツボをよく心得ています。

 三井不動産レジデンシャルが後押ししているサステナブル・コミュニティ研究会によれば、マンション・コミュニティのイベントで最も人気があったのが、マンションのロビーで開催される「TSUTAYAによる古本買取」イベントだったそうです。なるほど、これも無理なく皆がロビーに集まってこれる仕掛けと言えます。売るつもりで持参してきた本を見て物々交換にでも発展すれば、人の輪はさらに広がります。

 上記記事で、
「最近は人形を出さなくなっていたので、懐かしい気持ちになりました」75歳の女性がお孫さん同伴で笑顔で話していますが、マンション・コミュニティはこのような一言をいただけるところに存在価値があるということでしょう。

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| コミュニティ | 19:53 | comments(2) | trackbacks(0) |
「マンション・コミュニティ」という新しい絆−ミライへの可能性を共に考える
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★ 「マンション・コミュニティ」というと、あの有名な巨大な掲示板サイトを思い浮かべてしまいますが、元々はもちろん「マンションにおけるコミュニティ」という意味です。しかし、マンションに住んでいる人なら誰もが感じる難しさがここにはあります。

 地縁・血縁、というのがありますが、血縁は言うまでもなく血がつながっている者の集まりです。それは「血がつながっている」という一事をもって、よくも悪くも逃れられない運命共同体です。普通はそのつながりを露ほども疑わず、私達は暮らしています。

 地縁という言葉で私達がまず思い起こすのがご近所づきあい、そして自治会・町内会です。自治会・町内会は、法律用語では「地縁による団体」というのだそうです。それはかつては生まれたときからそこに住み、意識することなく自治会・町内会の一員としてカウントされる団体です。

 コミュニティ、というともっとそこに参加意思がある感じです。共同体ではありますが、血縁のように運命共同体ではなく、地縁のように是非もなく構成員となっているわけではありません。例えば小学校単位のお母さん達の集まりとか、何らかの共通の目的意識がある集合体と位置づけられます。

 それでは
「マンション・コミュニティ」とは何でしょうか。居室番号以外は同じ住所に住む、ということは地縁的でもあり、マンションという資産価値やリスクを共有する、という意味では血縁者同士のような運命共同体的なお付き合いでもあります。しかし、それは同時に、マンション居住という共通目的をもったコミュニティでもあります。

 こう書いてきた中で、マンションという特殊な居住形態が自ずと有する
地縁的要素・血縁的要素・コミュニティ的要素の3要素のうち、もっとも基盤が危ういのが実はコミュニティ的要素ではないか、と思えてきました。つまり、「コミュニティ」と言いながらマンション居住者一人一人に参加意思があまり感じられないのです。いやむしろ、マンション居住という目的で集まってきた人たちに「コミュニティ」を作れ、という方が無理なのかもしれません。

 しかし、上記のように
地縁的・血縁的でもあるマンション居住に、それが地縁的であり、血縁的でもあると意識してつながっていける形態はコミュニティしかありません。ここに「マンション・コミュニティ」が必要とされる理由があり、それゆえの難しさがあります。

 なんだかめんどくさいことを書いてしまいましたが、
「マンション・コミュニティ」の未来について考えてみよう、というイベントが11月26日(水)に開催されます。『Mirai Mansion Meeting』というシンポジウムで、午後6時30分より日本橋三井ホールで行われ、三井不動産レジデンシャル、三井不動産レジデンシャルサービス、サステナブル・コミュニティ研究会が主催しています。

 セッションは
3部構成で、セッション1「未来の都市をマンションから考える」では三井不動産レジデンシャルの藤林社長、三井不動産レジデンシャルサービスの岩田社長が登壇するということですから、三井不動産グループとしての力の入れようが伝わってきます。同じく登壇する建築設計事務所代表の藤村龍至氏は、日本列島の社会像の提言など広く活躍されており、どのようなお話が聞けるか楽しみです。

 セッション2は、
「マンションの新しい捉え方」をテーマに、ena AMICE代表の蛯原英里氏、チームラボ代表取締役の猪子寿之氏、issue+design代表の筧裕介氏「マンションを舞台にイノベーションを起こすためには何が必要か」という刺激的な対話を試みます。何か新しい可能性が広がっていくようなタイトルです。

 セッション3は、
「ミライ・マンション・ミーティング」と題して、来場者全員参加型のワークショップが企画されています。自分がマンション理事会委員になったという想定で、「自分たちのマンションについて何を考え、どう行動したらいいのか」を考えます。

 繰り返しになりますが、
「マンション・コミュニティ」にもっとも必要なものは「参加意識」だと思います。本来の地縁・血縁のつながりであれば、参加することが当然(参加しないことが許されない)といった雰囲気があります。そのような束縛からようやく解放されたマンション住民が、今度は自ら求めて「マンション・コミュニティ」を作っていくわけです。

 そのためには、
それだけのわくわく感が「マンション・コミュニティ」には求められます。今回のシンポジウムでそのヒントが得られるかもしれません。入場料は無料、先着300名の参加となっています。

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| コミュニティ | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
おすそ分けがマンション・コミュニティの鍵−命を守り、守ってもらうために
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★ 9月22日付アメーバニュースによれば、三井不動産レジデンシャルが中心となって立ち上げたプロジェクト「サステナブル・コミュニティ研究会」はこのほど、「マンション・コミュニティに関するアンケート調査」の結果を発表しました。

 同調査は、三井不動産グループが管理する
首都圏のマンション5棟の居住者を対象として2012年12月(配布・回収)〜2014年4月(分析)に実施したもので、サンプル配布数は1,575戸、回収率は29.9%です。

 「災害時に駆けつけてくれる人がいるか」と聞いたところ、5つの調査対象マンション全てで「いない」と回答した人が5割を超えました。築年数が1年未満のマンションでは「いない」が約8割と突出して高い数値でしたが、築年数が20年以上のマンションでも過半数が「いない」と答えており、マンション居住者の関係づくりは、築年数の経過や居住の長さだけでは醸成されないことがわかりました。

 「顔と名前が一致する人の数」「災害時に駆けつけてくれる人」の関係をロジスティック回帰分析と呼ばれる方法で分析したところ、「顔と名前が一致する人」が増加すればするほど、災害時に助けてくれる人が「いる」と答える割合が高まることが分かりました。「顔と名前が一致する人」が20人以上いると答えた人では、約7割以上が「いる」と考えていました。

 マンション内の居住者間で行われている
日常のつきあいの種類を11項目例示し、「そうしたつきあいをしている人が同じマンション内にいるか」を聞いたところ、「いる」と答えた人が多いほうから「会釈」→「挨拶」→「立話」→「連絡先交換」→「おすそ分け」→「お茶・食事」→「趣味・興味」→「悩み相談」→「SNS」→「お出かけ」→「鍵預け」の順となりました。

 また、11項目の日常の
きあいの種類間の関係を分析したところ、「おすそ分け」が他のつきあいの項目との関係が最も深く「連絡先交換」「お茶・食事」「悩み相談」等、比較的深いつきあいの項目との関係が強いことが分かりました。

 さらに、
「顔と名前が一致する人の数」「おすそ分けをしあう人の有無」の関係を見ると、おすそ分けをしあう人が「いる」人の約20%が、「顔と名前が一致する人」が20人以上いたのに対し、「いない」人では約2%でした。
 
 以上がアメーバニュースの記事の概要です。
東日本大震災を機に一度は盛り上がったマンション内のコミュニティづくりですが、危機感が薄らぐにつれて、また下火になりつつあります。私のマンションも、大震災後には同じフロアで夕食会をやり、つながりもいったんできたのですが、現在では誰が住んでいるのかわからない住戸が増えてきました。

 新聞に毎週折り込みで入ってくる中古マンションのチラシを見ても、
同じフロアの売却物件を見たことがないので、売却されて人が変わったというより、もともと賃貸用で貸していた住戸の人が入れ替わっているようです。一方、同じフロアのマンションの購入組は異動がほとんどなく、皆顔見知りなのですが、賃借人の方々はお互い付き合いがなく、よくわからない、といった状態です。

 興味深いのは、上記アンケート結果で、
「災害時に駆けつけてくれる人の有無の割合」が最も高かったのが築5年のマンションだったことです。今回調査は5棟のみの結果ですから一般化には慎重であるべきですが、これを全体の傾向と仮にとらえるならば、マンション活動が最も活発となるのが居住者がお互い顔見知りとなり、小学校などの関係ができてくる5年程度の時であり、逆に築22年、25年となってしまうと、賃貸や転売など、各住戸の遍歴が区々となって、コミュニティは弱体化するのかもしれません。

 そして面白いのは、
マンション内の関係性を規定する最も重要な要素が「おすそ分け」という行為だということです。確かに、「会釈」「挨拶」なら気持ちがこもってなくても誰でもします。「お茶・食事」までいくと、それはコミュニティを超えた深い関係になってきます。

 しかし、
「挨拶」では物足りないけど、「食事」まではどうか、と思う大概の住人とのお付き合いで、最も心地よいのが「おすそ分け」をし合う関係です。「挨拶」ほど一瞬ではなく(おまけに私の挨拶はつぶやくような小声です)、「食事」ほど時間を要さない、それでいて相手の気持ちを良くするのが「おすそ分け」です。

 例えば
私が愛媛の松山に住んでいたのはもう20年近く前で、大方の事は忘れてしまいましたが、ご近所に住む校長先生が突然「これ釣れたから」大きなタイを持ってきてくれたときの驚きは今でも鮮明に覚えています。また、松山では事あるごとにいろんな人がミカンを持ってきてくれて、松山にいる間、ミカンは買う必要がありませんでした。私達家族が何かお返しできたのかは心許ありませんが、住んでいた家は幽霊屋敷のようなボロ家だったにもかかわらず、「松山は良かったなあ」と今でもじんわり思い出すことがあります。

 「よき友、三つあり。一つには、物くるる友」

 兼好法師の「徒然草」の第117段の有名な文章の抜粋です。2004年に若くして亡くなった天才俳人田中裕明「よき友はものくるる友草紅葉」はこれを下敷きにしたもので、私の愛唱句でもあります。本人にとっては余り物、しかしそれを他人に与える行為には無邪気な善意があります。それを受ける人も、本人にとって余り物ですから気兼ねなくもらうことができ、しかも自分に向けられた善意を感じることができます。そこに温かいコミュニケーションが生まれます。

 「おすそ分けし合う」関係とは、皆が「よき友」になることを意味します。桃太郎きび団子「おすそ分け」することでイヌ、サル、キジに助けてもらうことができました。もちろん、命を守ってもらうために「おすそ分け」をするのではないのですが、「おすそ分け」をし合うことが、常に気持ちをかけあう関係の円の中にいることになり、まさかの時に相手を思いやり、咄嗟の時に相手を思い出すことになるのだと考えます。

 例えば、
一人の人がおすそ分けできる人を同じマンションで2人以上持つことができれば、「おすそ分け」の輪は自然と広がっていくのではないでしょうか。そのようなマンションは、どのような苦境にも「とても強い」マンションになれるのだと思います。

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| コミュニティ | 22:11 | comments(4) | trackbacks(0) |
ゆりかごはともかく墓場まで−マンションにぴったりのシニアセキュリティパック発売
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★ 本日付の読売新聞地域版によれば、東急セキュリティとNPO法人きずなの会東京事務所は、緊急時の高齢者向けサービスを神奈川県内と東京都内の東急線沿線で明日から提供します。緊急搬送の手配から入院時の身元保証、万一のときの葬儀手配までを一括して行います。

 身寄りがなかったり、親族がいても疎遠になっていたりする高齢者を想定した事業で、商品名は「シニアセキュリティ・ずっと安心パック」です。契約者に通報用のペンダントを配布するとともに、自宅にセンサーを取り付けます。緊急時に警備員が駆け付け、救急措置や消防への通報を行います。

 緊急搬送後は、きずなの会メンバーが身元保証人となり、病院など関係機関との調整にあたります。契約者が死亡した場合は葬儀の手配、納骨の支援もします。

 東急セキュリティはこれまでも緊急通報サービスをしてきましたが、
緊急連絡先のない高齢者とは契約が結べませんでした。一方、きずなの会は介護ヘルパーからの情報をもとに、入院から葬儀までの支援活動をしてきました。しかし、介護保険を利用していない独り暮らしの高齢者の把握が難しかったといいます。

 東急セキュリティは
「警備会社とNPOが共同で、こうしたサービスを提供するのは珍しい」としています。神奈川県内のサービス提供エリアは横浜市(青葉、都筑、港北、緑、西、神奈川、中区)川崎市(中原、高津、宮前、多摩、麻生区)、大和市です。契約料は月9,800円(税抜き)です。

 以上が読売新聞の記事の概要です。先日聞いたお話では、ある方が
実家に電話した際、お母さんが家にいるはずなのに電話がつながらず(お父さんは既に亡くなられています)、知り合いにお願いして様子をみてきてもらったところ、お母さんは居間に座ったままお亡くなりになっていたとのことです。

 幸い
発見が早く、葬儀も滞りなく済まされたようですが、九州の実家に父母がいる私が心配するのもこの点です。今は二人とも元気だからよいのですが、いつかは一人になり、そしてその一人も亡くなるのは世の必然です。母は常々「死ぬならピンピンコロリがよい」と言っており、いやまさにそうなのですが、昨日まで元気だった人がコロリと亡くなったとき、独りで住んでいる場合はそれを見つけるのは至難の技です。

 しかし、この場合は、
私達子どもたちが常日頃から気を付ければよいことです。実家から遠く離れて暮らしているのであれば、意識してこまめに電話を入れる必要があります。上記の例も、その方が頻繁に電話をされていたので、早期発見ができたわけです。

 ところが、私達が現に暮らしている
マンションの場合は、もっと厄介です。私が住んでいるマンションは、30歳代、40歳代の方が主流なのですが、1LDKにご高齢の方がお一人で住んでいることも多くなっています。同じフロアであればまだ何とか顔見知りですが、だからといって、しばらく会わないと「どうしているだろう」と玄関をたたく間柄ではありません。もし突然、部屋の中でお亡くなりになっても、その方が身寄りがなかったり、親族と疎遠になっていたりすると、長期間わからない状態となることは不可避です。

 ここでお話するのははばかられるのですが、
ある方が部屋でお亡くなりになった場合、第一発見者は、その部屋の上の階か下の階なのだそうです。マンションは極めて気密性の高い箱なので、廊下やお隣に漏れることはないのですが、上下階には配管を通して匂いが伝わるのだということです。

 しかし、そんな状態になってからでは
後が大変になります。もしかするとご本人は「ピンピンコロリ」だったのかもしれませんが、これが最良とされるのはもはや、いまだに大家族制度が維持されている一握りの地方だけなのではないでしょうか。

 その意味で上記記事にあるサービスは、まさに
マンション等における現代的なニーズに応えたものと言えます。まずは緊急配送からセットされていますので、一命をとりとめる可能性も高くなります。この場合、通報用ペンダントと自宅センサーが命綱となります。

 そして、不幸にも
死亡した場合には、きちんと葬儀の手配、納骨の支援をしてくれます。この場合、その費用の求償が誰に行くのか、やや気になりますが、少なくとも「死んでも発見できない」「発見されても誰も引き取り手がいない」といった困った事態に陥るのは避けることができます。

 昔から、
「いつ死んでもいいよう、常に身辺整理はしておく」のが理想的な態度とされてきましたが、今後は、「いつ死んでもいいよう、あらかじめ『シニアセキュリティ・ずっと安心パック』に入っておく」ことが推奨されるようになるかもしれません。

 ということは、そのうち
「シニアセキュリティ・ずっと安心パック」のテレビCMが放映され、例えばかわいいお孫さん「おじいちゃん!忘れずに『シニアセキュリティ・ずっと安心パック』に入ってね!」とおじいちゃんに明るく笑いかけるCMとか、お父さんが娘さんに「お前が気兼ねなくお嫁に行けるよう、私も『シニアセキュリティ・ずっと安心パック』に入ったから」と結婚式の前日に告げて娘さんが感涙にむせぶCMとか出てくるかもしれません。

 第二次世界大戦後のイギリスは、「ゆりかごから墓場まで」のスローガンを掲げ、社会福祉政策の充実を目指しました。これが日本の社会福祉政策の指針となり、出生率の上昇、死亡率の低下、国民保険と年金による生涯にわたる国民生活の安定をもたらしてきました。

 しかし、
「ゆりかごから墓場まで」の政策は、「墓場まで」の生き方は充実させてきましたが、「いざ死んでからの墓場への行き方」は教えてくれませんでした。というより、まさかそんなところが問題になるとは思いもしなかったのでしょう。

 かくて私達は、
月額9,800円(税抜き)をサービスの対価として支払うことで、ついに墓場にたどりつける生涯の安心を手に入れることができたのです。慶賀の至り、と言うべきでしょうか。

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| コミュニティ | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
マンションは終の棲家に−増える60歳以上のマンション世帯主
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★ 4月24日付J-CASTニュースによれば、国土交通省が2014年4月23日に発表した2013年度分譲マンション総合調査によると、世帯主の50.1%は60歳以上で、前回の2008年度調査から10.7ポイント上昇しました。現在のマンションに「永住するつもりだ」との回答も52.4%に上りました。

 調査は昨年12月、3,643の管理組合と7,484の区分所有者を対象に実施し、2,324の組合、4,896の所有者が回答しました。

 以上、短いですが、J-CASTニュースの記事の概要です。
マンションというとどことなく若い人が住み、年配の方は戸建てに住む、というイメージがありましたが、実際にはマンションは年配の方の住まいへと性格を変化させてきているようです。

 考えてみれば、
分譲マンションの販売の現場では30歳代、40歳代の方々が主流にみえますが、その方々が長く住み続けることを考えれば、20年後、30年後には60歳代に到達してもおかしくないわけです。マンション販売が活況を呈していた不動産バブルの頃に購入した方々が今その年代に達しているわけで、これからマンション世帯主の高齢化は、一層進展するものと予想されます。

 この記事は、4月23日に国土交通省から発表された『平成25年度マンション総合調査』に基づいていますので、当該調査の内容を紹介してみたいと思います。

 さて、
平成25年度における世帯主の年齢ですが、ランキングに示すと以下のようになります。

1 60歳代 31.1%  2 50歳代 22.8%  3 40歳代  18.9%
3 70歳代 18.9%  5 30歳代  7.6%  6 30歳未満 0.3%


 これが、平成11年度における世帯主の年齢では、次のようなランキングでした。

1 40歳代 27.9%  2 50歳代 25.1%  3 30歳代  19.2%
4 60歳代 18.4%  5 70歳代  7.3%  6 30歳未満 1.6%


 平成11年と言うと、私がマンションを本格的に探し始める2年前ですが、このときには30歳代、40歳代の世帯主が半数近くを占めており、まだまだ「若い人が住むのがマンション」というイメージがあてはまる時代でした。しかし、平成25年調査では特に30歳代の構成割合が平成11年の4割程度に激減しており、今や平成11年の70歳代世帯主割合と同じくらいに少なくなりました。

 そして、
平成11年にはマンション世帯主層のトップだった40歳代が現在では70歳代と同順位となりました。次回調査では、40歳代が70歳代に抜かれるのは確実で、50歳代ですら70歳代の後塵を拝することになるかもしれません。

 ちなみに、
平成25年構成割合の平成11年構成割合に対する増加率のランキングは、次の通りです。

1 70歳代  158.9%  2 60歳代  69.0%  3 50歳代  ▲ 9.2%
4 40歳代 ▲32.3%  5 30歳代 ▲60.4%  6 30歳未満 ▲81.3%


 このように、高齢世代ほど増加率が大きく、若年世代ほど減少率が大きいという、ある意味きれいな結果となりました。しかし、勢いを増しているのが60歳代と70歳代だけという、冷静に見ればいびつな様相でもあります。

 こころみに、上記の数値から、平成25年の平成11年それぞれの
世帯主平均年齢を推計してみると、平成25年は58.1歳、平成11年は50.9歳でした。平成25年のこの数値は、同じく平成25年の全国の総世帯の世帯主平均年齢58.0歳(総務省調べ)とほぼ変わらない数値です。

 言いかえれば、
日本における急速な高齢化とマンション居住者層の高齢化は同一レベルで進行しており、マンションにおける高齢化対策も急務だということです。殊にマンションは、その構造上、お年寄りがより孤立化しやすく、しかも行政や地域の人々がその実態を把握しにくい特質を有しています。

 国土交通省の本調査では、マンション居住者の永住意識も調査していますが、上記記事の通り、
「永住するつもりである」と答えた区分所有者は、平成11年の39.0%から平成25年には52.4%へと半数を超えるようになり、「永住派」が多数となりました。ちなみに、昭和55年の永住意向割合は21.7%でしたので、その頃と比べれば2.5倍近く永住意向者が増えていることになります。

 「若い頃は狭い共同住宅で我慢し、いつかは郊外に広い庭付き一戸建てを購入し、余生は伸び伸びと暮らす」という日本人の従来の住宅観は完全に過去のものとなりました。しかし、私達の意識は、実態が急速に変化していることについていけず、自分が住んでいるマンションの居住者の高齢化が日々進行していることに鈍感であり続けている気がします。

 マンションという
「プライベートな共同住宅」が、相互扶助に向かうのか、これからもバラバラなのか、今がその岐路に立っている、ということなのでしょう。

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マンションの雪かきは誰がする?−専有空間と共有空間のはざまで
JUGEMテーマ:マンション

★ 2月18日のJ-CASTニュースでは、「マンションの雪かきするのは管理人なのか 記録的豪雪で除雪の責任問題が議論に」と題して、興味深い記事を掲載しています。以下に概略を記します。

 2月14日から15日にかけて降った大雪は、2月18日になっても
路肩などに汚れた雪が積み上げられています。とりわけマンションなど集合住宅の周辺に残っているケースが多いのです。一戸建ての場合は家族総出で雪かきをしている姿がよく見られますが、マンションやアパートに関しては道路に繋がる道も隠れてしまう場合が少なくありません

 こうした状況からネットでは、
「雪かきは誰がやるんだ?」といった疑問が出て、「賃貸だけど管理費取ってるんだから住人はやらなくていいでしょう」「別に雪かきなどしなくてもいい。誰もやらなければどうしても必要な者が勝手にやり始めるだろう」「雪かきは管理会社の仕事って北のほうでは当たり前」などといった議論が交わされました。

 法律事務所に聞いてみたところ、まず
建物周辺の道路は自治体の管理であるため、管理組合や大家、住民が雪かきをする法律的な義務はありません建物の敷地内の雪に関しても特別な取り決めがなければ、これも誰も雪かきをする法律的な義務はない、ということでした。ただし、建物の中に入れないなど生活に支障が出た場合大家の負担で生活ができる状態に戻す必要があるということです。

 また、マンション管理会社大手の日本ハウズイングの担当者によれば
「管理委託契約書に記載されている業務の中に、除雪作業が盛り込まれることは一般的には殆んどありません」ということです。豪雪地帯のマンションでは除雪の専門業者に委託する例もありますが、それは全く別の契約なのだそうです。

 といっても、
管理人がいる大きなマンションでは、契約書に書かれていなくても管理人が除雪作業をすることになります。ただし、勤務時間が短いところもあるほか、土日祝日などは管理人に臨時で出勤させ雪かきの仕事を任せることも難しく、巨大なマンションの雪かきを僅かな人数の管理人でこなせるとは考えられません

 NPO法人全国マンション管理組合連合会では、
「特定の誰かにやってもらうものでもなく、マンション住民のコミュニティーで解決する問題です」「自治」を強調しました。

 新潟市にある不動産会社の女性に話を聞くと、マンションの雪かきをする専門業者と契約したり、管理人に任せるという話は聞いたことがなく住民全員が自然に協力し合っているのだといいます。家族でマンションに住んでいる男性の話では、朝などは通勤する時間が早い人から順番に雪かきをして道を作り昼近くになるとだいたいの整備が終わっているということです。

 「みなさん当たり前に雪に対してやっていることで、都会のように『管理組合は何をやっているんだ!』などと主張する人がいたら、ここでは住んではいけませんよね」ということでした。

 以上がJ-CASTの記事の概要です。
先週末、先々週末の大雪にはうんざりしましたが、今週末は晴の日が続く予報で、久々に気持ちの良い休日になりそうです。

 先日、
「時」という字を眺めていたら、「ああ、これって『寺』の『日』を組み合わせた字なのだなあ」と気づきました。つまり、昔はお寺が鐘を鳴らして時間を知らせてくれて(これは西洋でも教会がそうでした)、皆はそれを聞いて生活のリズムを刻んでいたのです。語源辞典を見ると必ずしもそういう解釈ではありませんが、皆がお寺の鐘の音を「共有機能」として活用していたことは確かです。

 一方、
「店」という字を考えたら、屋根の下のある空間を「占めている」という漢字の組み合わせになっています。「家」もおそらくは屋根の下にいる豚、ということでしょうが、いずれにしても「専有空間」という意味を有しているのだと思います。

 戦後の日本人が夢見たマイホームというのは、土地付き戸建てのことで、ムラ社会としての共同体から逃れて、自分及び家族だけの「専有空間」を持ちたいという願望だったのでしょう。しかし、「専有空間」で生活に必要なあらゆる機能を専有化することは割高になりますし、機能の質としても低レベルにとどまってしまいます。

 そこで
最近勃興しているのがマンションという「共有空間」です。戦後の農地解放にもつながる土地への執着心からは無縁となった世代より高次の生活機能を求めて、それを今流行のクラウドのように共有化できる集合生活を志向するようになったのです。ただし、それは社会にオープンに開かれた共同生活ではなく、そのマンションの購入者という極めて限られた集団での共有化が図られたのでした。

 その共有空間における
「共有機能」はほとんどのマンションで契約に基づいて管理委託がされており、マンション住民がお金を払ってその利便性を享受しています。この極めてドライな関係で維持される共有空間は、契約で書かれていない事項については大変もろいという弱点を有しています。

 今回の
大雪はまさにそのような集合住宅の「死角」を露呈させました。これが戸建てであれば、当然自分で公道までの通路は雪かきをしますし、公道の除雪は行政の責任です。ところが集合住宅の「共有空間」は、誰も一義的な責任を感じることなく放置され、結果マンション住民は、「何この雪」顔をしかめて難儀しながらの外出を余儀なくされることとなったのです。

 ただ、
大規模タワーマンションは、管理体制が充実しているため、上記記事のとおり、管理会社の社員が雪かきをやってくれることが多いようです(やらなかったときのマンション住民からのクレームや、それが翌年以降の管理契約にはねかえることを嫌がるからでもあるでしょう)。私が住んでいるタワーマンションも、管理会社の男性社員の方々がやや憮然とした表情でエントランス周りの除雪に明け暮れていました。

 そんな中、
マンションエントランス前の公道たる歩道を、一人の50歳代ほどの女性が丁寧に雪かきをしていました。そのおかげで通行人はマンション先の交差点まで、靴をいたずらに濡らすことなく、歩行することができたのでした。

 その方(
マンションの住人の方だと思われます。)は、おそらく自然な気持ちの発露で雪かきを始めたのでしょう。もしかすると、そのような行為に慣れた雪国出身の方なのかもしれません。確かに言えるのは、その方のごくさりげない善意が多くの通行人にとってほっとする空間を作ってくれたということです。

 これは、
昔々にお坊さんが善意でつき始めたお寺の鐘の音がみんなの生活に活き活きと役立っていた事実と相通ずるものがある、と言っては言いすぎでしょうか。専有空間と共有空間のはざまでどうしようもなく積み上がった雪の塊を一方で見やりながら、私は虚を突かれたように立ち尽くしたのでした。

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| コミュニティ | 20:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
私は自治会に入ってる?−マンション管理組合と自治会のビミョーな関係
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★ 今年も私が住んでいるマンションは、複数のマンション管理組合で構成するNPOに参加し、地域の大きなお祭りを催しました。今年は駅前を会場として、周辺店舗からの出店も多く、大いににぎわったものです。

 でも、
「地域のお祭り」は、普通は自治会や町内会がやっています。私が地方に勤務していた頃は、自治会対抗の運動会までありました。しかし、このエリアでは、マンション管理組合が活発に活動すればするほど、まるで自治会みたいな地域おこしになっていき、管理組合と自治会の線引きが微妙になってくるのです。

 正直に言えば、私は
自分がどこの自治会に所属しているのか、あるいはしていないのか、よくわかりません。今、月々払っている管理費等の内訳を見ていますが、どこにも「自治会費」の項目がありませんので、実は自治会に加入していないのではないか、と思ったところです。ただ、その割には、市からのお知らせなどは定期的にポストに入っていますし、よくわからなくなってしまいました。

 私が住んでいるような再開発地区では、
もともと人が住んでいなかったため、この地域をエリアとする自治会も「こんな大勢、一挙に入ってもらってもねえ」と、加入をあえて呼び掛けていないのかもしれません。下手をすると、新しくできたマンション住民を自治会構成員に加えると、旧町民の数を凌駕してしまうくらいの人数なのです。したがって、もしかすると、必要最低限のお知らせなどはマンション管理会社を通じて配布され、その費用も込みで管理費でとられているのかもしれません。

 こうなると、
自然とマンション管理組合が自治会の役割を果たすようになります。「それでは、管理組合=自治会でいいんじゃないの?それがくくりとして一番まとまってるんだし」と思うのですが、どうもそうはいかないようです。

 その
理由の一つは、マンション管理組合は、マンション所有者で構成されているということです。つまり、所有者から借りて住んでいる人たちは、管理組合の構成員になれません。ですから、総会の議決権は賃借人ではなくオーナーが持っており、私達は総会で初めてオーナーの立場で発言する方々に出遭うことになります。

 ところが、
自治会は、地縁による団体ですから、その地域に住んでいる人たちで構成されています。この場合、北海道に住むオーナーではなく、その北海道在住のオーナーからこのマンションを借りて住んでいる人たちが構成員となるわけです。

 その
理由の二つ目は、マンション管理組合は、マンション所有者であれば皆入らなければならない、というか、入る、入らないの意思を確認するようなものではなく当然に構成員なのですが、これに対して自治会の加入は任意だ、ということです。もちろん、入った方がいいのでしょうが、強制はできないことになっています。

 これはおそらく、
戦前の自治会が「隣組」的な組織で、大政翼賛的な体制に組み込まれてしまったため、その反省から加入を任意としているのでしょう。ある意味では、太平洋戦争のトラウマをいまだに引き摺っているのが自治会制度だと言えなくもありません。

 マンションでは、
デベロッパーと地域の自治会が前もって協議をして、管理費とともに自治会費を天引きしているところも多くなっています。大した額ではないので普通はほとんど意識もせずに支払っているのですが、「いや、俺は払いたくない」と拒絶した場合には、管理会社は自治会費の天引きを止めなければいけません。実際にこれを裁判で争って、天引きをやめなかった管理会社が敗訴した例もあるようです。

 とは言え、
管理組合の活動と自治会の活動はどうしてもダブってしまいます。特に東日本大震災以降、地域コミュニティの大切さや情報伝達の必要性が改めて指摘され、マンション住民はやはりマンション単位での活動がもっともスムースであることが認識されてきました。

 したがって、例えば
千葉市では、今年4月から、地域活動を行っているマンション管理組合を町内自治会と同様に取り扱うことができるようになりました。そのメリットとしては、地域活動を行っている管理組合が千葉市町内自治会連絡協議会へ加入することで、行政からの回覧等を請け負う委託先となり、市からの委託料が支払われることが可能となったのです。

 しかし、それでも上記に述べたような、
構成員の違いや加入の任意性といった根本的な性格を克服することはできず管理組合の執行部が自治会の執行部を兼ねるとすれば、マンション居住者にあらためて自治会加入の是非を聞き、管理組合構成員とは異なる名簿を管理し(入れ替わりの激しさをどう把握するかの問題もあります)、支払われる委託料や自治会費など、自治会活動としての独立した会計を別途立てなければならなくなります。

 こうなると、
ただでさえ負担が重い管理組合役員の仕事量が2倍になり、事務も煩雑化し、毎年の役員改選期に役員を辞退する人が急増してなり手がいなくなるのではないか、と懸念されます。本当は法律レベルで解決してくれるといいのですが、かといってどうすればいいのか、妙案がないところです。

 このように
似て非なるものが、マンション管理組合と自治会です。今のところは心の引っかかりを感じながらも、この中途半端な関係を維持していくのがもっとも平和なのかもしれない、と、管理組合主催のお祭りでの地元小学校のリコーダー演奏を聴きながら思ったのでした。

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