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コミュニティ条項を失うマンション標準管理規約−漂流するゲマインシャフト
JUGEMテーマ:マンション

★ 少々古い記事ですが、4月8日付のSankei Bizは、『マンション管理新規約で組合激震か 役割否定…国交省方針に業界など猛反発』という記事を掲載しました。長い記事ですので、以下に概要を記します。

国土交通省が、マンション管理組合の「コミュニティ形成」(コミュニティ条項)という言葉を新たな標準管理規約案から削除する方向を打ち出しました。住まいに関するさまざまなトラブルに対処する“マンション自治”を担ってきた管理組合から、その役割が取り払われます。数年間にわたる管理会社、管理組合団体の猛反発を押し切った格好です。

 今年3月27日に国交省の
「マンションの新たな管理ルールに関する検討会」がまとめた報告書案では、2004年1月の標準管理規約改定以降、ほぼ10年間、マンション生活の基本に据えられてきた「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成」(現行の標準管理規約第32条15項)の削除が打ち出されました。「新標準管理規約」として、近くすべてのマンションに適用される見通しです。

 マンション管理組合といえば、
日常的に発生するマンション内のトラブルやもめ事の解決へ向けた調整などを担っています。こうした対応は、管理組合の理事長や理事が管理会社の社員と相談をしながら調整しますが、住民同士、管理会社と住民の間で形成したコミュニティーの中でコミュニケーションがとられているとスムーズに事は収まります。

 さらに、
市役所、消防署、電力会社、警察、銀行など外部との交渉は多く、町内会とのつながりも出てきます。例えばマンション内の樹木の実が隣近所に舞ったりして被害が発生すれば、管理組合の理事長は「善管注意義務」が発生すると考えられ、そうした問題に対処するために日常の地域コミュニケーションが必要になります。これまでのマンション管理で当然の業務であり、管理組合と管理会社の連携で取り組まれてきました。

 しかし、
マンション管理費から自治会費や役員の飲食費への支出について、訴訟リスクが発生する恐れがあるとの判断もあり、マンション所有者が強制加入し、管理費を支出する管理組合“自治”の名のもと、管理費を無駄遣いすることを防ごうというのです。実際にこうしたもめ事は全国で発生しており、裁判にもなっています。自治関連の支出がなくなり、管理組合が純粋に建物などの財産管理だけを担うことになれば、管理費が安くなる可能性もあり、コミュニティ条項削除の判断は、マンション所有者にとっては合理的ともみえます。

 一方、
マンションの“自治”がおろそかになり、さまざまなトラブル対処ができなくなれば、「マンションの資産価値に響く」可能性があります。国交省側も、報告書案では「今回の標準管理規約の見直しは(中略)コミュニティに係る規定について、管理費の支出をめぐり、意見の対立や内紛、訴訟等の法的リスクがあるという法律論から行っているもので、別途の政策論からは、マンションのコミュニティー活動は積極的に展開されることが望ましい」とし、マンション自治そのものの重要性を否定はしていません

 しかし、
管理組合と別に任意の自治会を作るのは実際には容易ではなく、第三者にもめ事の解決などを委ねるとしても「従来の管理費より出費がかさむことになるのではないか」という見方もあります。」

 以上がSankei Bizの記事の概要です。私はこの記事を
複雑な気持ちで読みました。マンションとコミュニティの関係は、(「マンション・コミュニティ」という巨大なポータルサイトもありますが)いまだその位置づけが確立されていないものの(だからこそコミュニティ条項が削除されるのでしょう)、やはりどこかで意識せざるをえないつながりだと感じるからです。

 昔の言葉に
「隣保協同」というものがあります。あるいは「向こう三軒両隣」という言葉もあります。「五人組」「隣組」というのは時の政府が都合よくつくった仕組みかもしれませんが、それも人の住まいと住まいの間に何らかの素地が自然発生的にあったからで、それが今風に言えば「コミュニティ」なのだと思います。

 ドイツ語で言えば
テンニースの提唱した「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の違いです。「ゲマインシャフト」とは、地縁、血縁などにより自然発生した社会集団のことです。一方、「ゲゼルシャフト」とは、選択意思を基礎として形成される社会関係を言います。言わば実用主義的合理主義を特色とする社会です。

 私がこの記事を読んで感じたのは、
国交省の研究会は、マンションを「ゲゼルシャフト」的に考えたのだな、ということです。個々人がばらばらのプライベート空間を最大効率的に使うためのハコマンションなのであって、それぞれの区分所有なのだから、それを支えるハコを最低限維持するのが管理組合の役割だというのです。それは確かに、その通りです。

 一方、
マンションのコミュニティというのは、マンションという区分所有形態が想定していない人と人とのつながりを表現したものです。マンションはハコなのですが、同時に人の住まいであり、人が住む以上、人と人との関係は生まれざるを得ない、それが「ゲマインシャフト」なのだ、ということです。

 「ゲマインシャフト」である、ということは自然村ができている、ということであり、自然村がある以上、「オキテ」が必要なのであり、そうすると必然的に「オキテ」を守る組織が要請され、それがマンションでは管理組合が担わざるを得ない、ということだと思います。

 確かに
施策として、標準管理規約からコミュニティ条項を落とすことはできるでしょう。これまで起きてきた訴訟への対応策にもなるかもしれません。しかし、文言上は「ゲゼルシャフト」として合理的に整理しても、マンションが「ゲマインシャフト」から逃れることはできない、と考えます。

 平成16年に挿入された「コミュニティ条項」は、これがあるからコミュニティという(人によっては)厄介な代物が発生したのではなく、むしろ確としてあった「マンション・コミュニティ」の在り様「ゲゼルシャフト」としてのマンションが認めざるを得なかった、ということではないでしょうか。

 「コミュニティ条項」とは、マンション管理組合が、本来埒外でありながらお付き合いせざるを得なかった「隣保協同精神」折り合う表現形態でした。その条項を喪失しようとしている現在、私達は、それでも存在し続ける「ゲマインシャフト」的社会との付き合い方を、これから改めて模索しなければならない、ということなのでしょう。

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