私は自治会に入ってる?−マンション管理組合と自治会のビミョーな関係
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★ 今年も私が住んでいるマンションは、複数のマンション管理組合で構成するNPOに参加し、地域の大きなお祭りを催しました。今年は駅前を会場として、周辺店舗からの出店も多く、大いににぎわったものです。

 でも、
「地域のお祭り」は、普通は自治会や町内会がやっています。私が地方に勤務していた頃は、自治会対抗の運動会までありました。しかし、このエリアでは、マンション管理組合が活発に活動すればするほど、まるで自治会みたいな地域おこしになっていき、管理組合と自治会の線引きが微妙になってくるのです。

 正直に言えば、私は
自分がどこの自治会に所属しているのか、あるいはしていないのか、よくわかりません。今、月々払っている管理費等の内訳を見ていますが、どこにも「自治会費」の項目がありませんので、実は自治会に加入していないのではないか、と思ったところです。ただ、その割には、市からのお知らせなどは定期的にポストに入っていますし、よくわからなくなってしまいました。

 私が住んでいるような再開発地区では、
もともと人が住んでいなかったため、この地域をエリアとする自治会も「こんな大勢、一挙に入ってもらってもねえ」と、加入をあえて呼び掛けていないのかもしれません。下手をすると、新しくできたマンション住民を自治会構成員に加えると、旧町民の数を凌駕してしまうくらいの人数なのです。したがって、もしかすると、必要最低限のお知らせなどはマンション管理会社を通じて配布され、その費用も込みで管理費でとられているのかもしれません。

 こうなると、
自然とマンション管理組合が自治会の役割を果たすようになります。「それでは、管理組合=自治会でいいんじゃないの?それがくくりとして一番まとまってるんだし」と思うのですが、どうもそうはいかないようです。

 その
理由の一つは、マンション管理組合は、マンション所有者で構成されているということです。つまり、所有者から借りて住んでいる人たちは、管理組合の構成員になれません。ですから、総会の議決権は賃借人ではなくオーナーが持っており、私達は総会で初めてオーナーの立場で発言する方々に出遭うことになります。

 ところが、
自治会は、地縁による団体ですから、その地域に住んでいる人たちで構成されています。この場合、北海道に住むオーナーではなく、その北海道在住のオーナーからこのマンションを借りて住んでいる人たちが構成員となるわけです。

 その
理由の二つ目は、マンション管理組合は、マンション所有者であれば皆入らなければならない、というか、入る、入らないの意思を確認するようなものではなく当然に構成員なのですが、これに対して自治会の加入は任意だ、ということです。もちろん、入った方がいいのでしょうが、強制はできないことになっています。

 これはおそらく、
戦前の自治会が「隣組」的な組織で、大政翼賛的な体制に組み込まれてしまったため、その反省から加入を任意としているのでしょう。ある意味では、太平洋戦争のトラウマをいまだに引き摺っているのが自治会制度だと言えなくもありません。

 マンションでは、
デベロッパーと地域の自治会が前もって協議をして、管理費とともに自治会費を天引きしているところも多くなっています。大した額ではないので普通はほとんど意識もせずに支払っているのですが、「いや、俺は払いたくない」と拒絶した場合には、管理会社は自治会費の天引きを止めなければいけません。実際にこれを裁判で争って、天引きをやめなかった管理会社が敗訴した例もあるようです。

 とは言え、
管理組合の活動と自治会の活動はどうしてもダブってしまいます。特に東日本大震災以降、地域コミュニティの大切さや情報伝達の必要性が改めて指摘され、マンション住民はやはりマンション単位での活動がもっともスムースであることが認識されてきました。

 したがって、例えば
千葉市では、今年4月から、地域活動を行っているマンション管理組合を町内自治会と同様に取り扱うことができるようになりました。そのメリットとしては、地域活動を行っている管理組合が千葉市町内自治会連絡協議会へ加入することで、行政からの回覧等を請け負う委託先となり、市からの委託料が支払われることが可能となったのです。

 しかし、それでも上記に述べたような、
構成員の違いや加入の任意性といった根本的な性格を克服することはできず管理組合の執行部が自治会の執行部を兼ねるとすれば、マンション居住者にあらためて自治会加入の是非を聞き、管理組合構成員とは異なる名簿を管理し(入れ替わりの激しさをどう把握するかの問題もあります)、支払われる委託料や自治会費など、自治会活動としての独立した会計を別途立てなければならなくなります。

 こうなると、
ただでさえ負担が重い管理組合役員の仕事量が2倍になり、事務も煩雑化し、毎年の役員改選期に役員を辞退する人が急増してなり手がいなくなるのではないか、と懸念されます。本当は法律レベルで解決してくれるといいのですが、かといってどうすればいいのか、妙案がないところです。

 このように
似て非なるものが、マンション管理組合と自治会です。今のところは心の引っかかりを感じながらも、この中途半端な関係を維持していくのがもっとも平和なのかもしれない、と、管理組合主催のお祭りでの地元小学校のリコーダー演奏を聴きながら思ったのでした。

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| コミュニティ | 23:13 | comments(4) | trackbacks(0) |
豊洲で教室が足りない!−都心湾岸エリアで勃発した児童急増問題
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★ 本日付読売新聞は、「教室足りず学芸会できない…豊洲の小学校超満員」と題して児童数が急増する豊洲地区の現状をルポしています。以下概略をご紹介します。

『再開発によりマンション建設が相次ぐ
江東区の臨海部で児童数が急増し、特に豊洲地区では、学芸会が中止になったり、複数のクラスが同時に体育の授業をしたりと、学校運営に影響が出ています。同地区の児童数は6年後、さらに今の1.5倍の約3,000人に達する見通しで、区は小学校新設や校舎の建て増しなど対応に追われています。

 高層マンションやビルが林立する一画に、子供たちの元気な声が響きます。
児童数1,140人の豊洲北小の朝礼では、端っこの児童の顔が見えなくなるほど、校庭いっぱいに児童が並びます。同小は、既存の豊洲小が児童増を受け止められなくなり、2007年度に新設されました。しかし豊洲北小でも、初年度293人だった児童数は今年度1,000人を超え、現在は6学年で32クラスあります。一般教室は30しかないため、臨時で別の教室も使っています。

 体育では、3つのクラスが同時に同じ校庭を使います。1学年で200人を超える学年もあり、全員を舞台に上げることが難しく、さらに保護者らを体育館に収容できないため、昨年度は学芸会が中止になりました。今年5月の運動会でも校庭だけでは足りず、やむなく校舎のベランダを保護者の「観覧席」としました。校長は「図工室や音楽室もやりくりが大変。学年全体で集まれるスペースも少ない」と話しています。

 区内の児童数は今年度約2万1,000人で、この10年間で約5,000人増えています。特に約1万戸増えた豊洲地区の増加は著しく、2004年度の15クラス502人から、今年度は56クラス(2小学校)1,969人と約4倍になりました。区の試算では、少なくとも今後6年間は、年140〜230人のペースで増え続けるとみられます。

 区は
2015年度に「豊洲西小(仮称)」を新設し、教室数も当初予定の18から24に拡大します。豊洲北小では、第3校舎を建てて同年度から10教室を増やし、小体育室や、3つ目の理科室、音楽室もそれぞれ設けます。第2、第3校舎の屋上にはゴムチップと芝生を敷き、遊び場も確保する計画です。

 隣接する有明地区でも、
2016年春までに有明小の校舎を増築し、「第二有明小(仮称)」が18年度に開校します。区教育委員会は「今後も学校の環境をよくする努力を続けたい」と話しています。』

 以上が読売新聞の記事の概要です。
再開発地区の難問の一つは、保育所・幼稚園・小学校という子供たちの保育環境・教育環境の整備です。中学校となれば、タワーマンション群の子弟の多くが私立中学校に行くなど通学校が分散するのであまり問題は生じないのですが、小学校までが大変です。

 実情をつぶさに知らないので推測でしかないのですが、最近の
豊洲エリアのタワーマンションは平均坪単価250万円超となっているため、ファミリーでは40歳代の購入が増えているのではないかと思います。一方、晩婚化が進んでいるため、40歳代ファミリーのお子さんは小学生であることが多く豊洲地区では特に小学校の確保が一番深刻な問題になっているのではないでしょうか。

 本来ならば、行政がもっと前面に出て、
小学校のキャパシティがあふれるようなマンション開発は規制する、といったことができればいいのでしょうが、あいにく建築基準法・建築基準条例では、これらの要請は射程に入っていません。むしろ、これらのマンションができることを前提に、どのように支障なく教育環境を整備できるかを検討することになります。

 しかし、悩ましいのは、児童数が急増するからといって
安易に学校を新設すると、すぐに当該学校の過疎化が始まってしまうジレンマがあることです。つまり、これらの児童数の増加は長期的な人口トレンドではなく、単に大規模タワーマンションが一時期に急増したためなのであって、再開発が一段落し、購入したファミリーが年月を経れば、逆に児童数が急減する可能性が高いからです。

 また、
豊洲エリアも晴海エリアも、タワーマンションは今後とも林立していきますが、販売価格が上昇し続けているだけに、例えば平均坪単価300万円超となってくると通常のファミリー層の購入は困難になってきます。とすれば、今後は思ったほど児童数が増えない可能性もあり、もしかすると「今がピーク」という状態なのかもしれません。

 しかし、
現に児童を通わせているファミリーからすれば、「今が全て」なのであって、過去も将来もあまり関係ありません。ここにこの問題の難しさがあります。

 私自身の少年時代を振り返れば、私は転校の結果として3つの小学校に通い、そのうち
2校は1クラス40人、1学年6クラス、合計36クラス・1,400人超の小学校でした。それを考えると児童急増の豊洲北小は昔の小学校に比べれば規模はまだ小さいと言え、それでも育ってきた私達世代からすれば恵まれているとも言えます。

 しかし、
昔はもっと運動場も校舎も広く取れ、児童数は多くても、施設としては余裕が感じられました。これが都心でこれから造られる小学校には望むべくもない広さであることは明らかです。私の娘達が通った小学校は、1クラス30人、1学年3クラス、合計18クラス・540人程度でしたから、豊洲の現状は先生が児童一人一人に目配りできるきめ細かさも気になるところです。

 豊洲エリアでも2002年までは児童数が減少していたということですから、まさに突如出現した小学校問題といえます。ちょっと前まではまさかこのような児童急増問題が都心湾岸エリアで勃発するとは想像だにしませんでした。抜本的な解決策は難しいのですが、江東区あるいは今後晴海地区で人口増加が見込まれる中央区には、教育環境の維持向上のためにできる限りの努力をしていただきたいと思います。

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| コミュニティ | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
マンション公開空地が人の集う場所に−視点を変えれば見える新たなコミュニティ風景
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 マンションに求めるもの、と言えば人により様々です。本当にプライベートな空間として、人と接するのを極力避けるためにマンションを選択する人もいるでしょう。そんな人たちが嫌うのが、意図的な交流会の仕掛けです。「コミュニティを活発化させる」という力の入った思い入れは、これらの人たちからすれば最も負担を感じるものとなります。

 しかし、そんな人たちも
許容できるのは、自然発生的な人の集いです。もちろん、「子どもがうるさい」「マナーを考えろ」みたいな不満は出てくるのでしょうが、「コミュニティ活発化」のためにその人に何らかの役割を無理やり与えられることに比べれば、はるかにストレスがたまらないでしょう。

 したがって、私が最近
大事だなあ、と実感するのが、マンションに自然と人が集える場所があるか、雰囲気があるか、ということです。いろいろなマンションを見ていると、広々としたロビーがあっても誰も使わない寒々とした光景が広がるマンションもあれば、狭くてもいつも複数の人がいて、あたたかな雰囲気が通いあっているロビーを持つマンションもあります。

 私のマンションには
「交流の庭」という、そのものずばり、の公開空地があります。私が本マンションの購入を決めたひとつの理由は、この庭があったことです。その当時は子どもがまだ小学生だったこともありますが、その庭で子供達も、大人も、おじいさん、おばあさんも、皆が集まる場所ができるのではないか、このマンションは単に住むだけではなく、そんな交流の場を持てる付加価値があるのではないか、と大いに期待したからです。

 しかし、実際に住んでみると、
「どうも当てがはずれたかな」という気持ちになりました。交流の庭自体は、おそらく契約したとおりに植栽が管理され、何の落ち度もない庭でした。

 ただ、どうも
ビジネスライクな庭の管理だったのです。交流の庭の出入り口付近の顔ともいうべき場所に丈夫で管理に手間がかからないレモンバームを広く配置するなど、住人を楽しませるというより、管理のしやすさに重きを置いた植栽配置のように思えました。

 おそらく私以外にも
そう感じた人が多かったのでしょう。交流の庭の植栽に対するこれといった不満は聞かれませんでしたが、休みの日でも「交流の庭」が何となく閑散としていて、その場でゆっくり花を愛でたり、人と語らったり、といった風景を見ませんでした。私は落胆しながらも「まあ、こんなもんだよね」と悟ったような気持ちになっていたのです。

 ところが、
今年の春から、植栽管理会社で担当者が変わったのか何なのかわかりませんが、この「交流の庭」で同社が俄然やる気を見せ始めたのです。まず、植栽のバラエティが豊かになりました。これまで漫然と植えているように見えた草花ですが、種類、数とも増え、花の配置によってドラマチックな色使いを感じるようになりました。特にカブ系統の野菜のような草花を植えたりして、アクセントとメリハリがつくようになりました。

 そして、
最もよかったのは、それぞれの草花に名札が付けられたことです。私たちが目で見るよりもたくさんの草花が植えられていることがわかり、名札をみて草花の名前を知ろうとして、庭の各スポットにいる時間が自然と長くなりました。

 私は思わず、
携帯電話で交流の庭の写真を撮っていました。これも私だけではなく、庭の雰囲気が変わってから庭の中でお互い写真を撮りあう姿をちょくちょく見かけるようになりました。また、小さなお子さんが好んで庭の中を歩くようになり、その子を連れたパパやママが自然と庭のベンチに腰掛けて休むようになりました。

 外部からの反響も変わりました。例えば、新しいタワーマンションの分譲のための宣伝にこの庭を使おうと、撮影会社が管理組合の許可を申請に来ました。撮影料を支払うということだったので、交流の庭が金まで稼ぐようになりました。さらに、交流の庭が、近くの保育所のお散歩コースになりました。名札が付いたので、保育所の保育士さん達も、子どもたちにその花の名前を教えることなどが易々とできるようになりました。つまり、小さいお子さん達にとっては、交流の庭が「お外遊び」の原体験にもなりつつあります。

 気が付くと、
「交流の庭」は、始めに私が期待したとおり、人が集う場所になっていました。お子さんは花の間を駆け回り大人たちはそんな様子を見ながら住人同士で談笑し、高齢の方ベンチでゆっくり休んで花を眺めるようになりました。「これだよ、これ」とうの昔にあきらめていた「交流の庭」の交流が始まり、私は本当に嬉しくなりました。

 このように、「交流の庭」が変わったのは、推測するに植栽管理会社の
「担当者のやる気」が原因ではなかったかと思います。ほんのちょっとした違いで、その施設が有する本来の価値がよみがえったのです。私はこれは、管理組合などマンションを管理する私たちに大きなヒントをくれたものだと考えます。住人同士のコミュニティを自然と作り出すには何が必要か、それが思うようにいっていない場合には原因は何か、解決の糸口を見出した感があるからです。

 住人に
コミュニティの大切さを諄々と訴えても、皆居心地悪そうにもじもじするばかりです。皆が求めていたスイッチは実はそこにはなく、意外と足元に隠れた気づかない場所にあった、そんな目でもう一度自分のマンションを眺めてみると、そこには違う風景があらわれてくるのではないでしょうか。

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| コミュニティ | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
1階ロビー・ラウンジは誰のもの?−快適なマンション生活のための秘訣とは
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★ 私が住んでいるタワーマンションは、1LDKから4LDKまで多彩な間取りがありますが、多摩川を越えた川崎市の物件だけに、スタイリッシュな富裕層が住むマンションというより、地元に縁のあるファミリーも多く住むマンションと言えます。したがって、お子さん方の数も多く、朝の通勤時間帯などは、小学生のお子さん方が1階ロビーやラウンジに集まっているのをよく見かけます。私は、その光景を「にぎやかでいいなあ」と見ていました。

 ところがある日、
私の妻がたまりかねたように、こう言い出したのです。「このマンションで不満があるとすれば、1階のラウンジで遊んでいる子どもたちよ。放課後や休みの日には、長時間、数人でべったり座ってテレビゲームをやっているのよ。いったい親たちは何を考えているのかしら。」妻は、見るに見かねて子供たちを注意することもある、と口をとがらして言うのでした。

 私はそのとき、
意外の念に打たれました。私もそのことには気付いていましたが、私はむしろその光景をほほえましいもの、として見ていたのです。他のマンションでがらんとして人が寄り付かないロビーの風景をいくつも見てきたので、子どもたちの賑わいのあるロビーは、皆の拠り所として立派に機能を果たしているな、と頼もしく感じていたのでした。

 しかし、妻の言うことにも一理あり、
格別用もないのに、ソファに足を投げ出して、ときどき追っかけっこみたいなこともすると、共用施設や装備品がどんどん汚れてしまいます。何より妻が許せないのは、遊ばせるのなら自宅で遊ばせるべきなのに、自宅から追いやって共用部で好き勝手にさせて知らん顔をしている親の態度のようでした。

 そう言われてみると、
私も、子どもたちが共用部でだべっている姿が何だかだらしがないものに見えてくるから不思議です。さて、これはマンションにとって「よくない行為」なのでしょうか。

 私のマンションの管理規約を調べてみると、ロビーやラウンジの使用は、「休憩、歓談等の場として使用することができる」とあります。また、「守るべき事項」として、「1.飲酒、食事、喫煙を行わないこと 2.高歌放吟、騒音を発する等、他の使用者の迷惑となる行為をしないこと 3.ペットを持ち込まないこと」とありました。

 そして、子どもたちがロビーやラウンジで遊ぶ休日の翌日には時々、この
管理規約の該当部分が掲示板等に貼り出されて、居住者に注意が促されることとなります。実は、休日明けの本日も、久々にこの紙が貼り出されていました。

 思うに、管理規約の文面を客観的に眺めるならば、
本件子どもたちの行為が規約違反に当たるかどうかは微妙です。「違反しない」と見る立場からは、子どもたちは「休憩、歓談等の場として使用」しているに過ぎず、「飲食、食事、喫煙を行わ」ず、TVゲームの画面をじっと見ているだけなので「高歌放吟、騒音を発する等、他の使用者の迷惑となる行為」を行っているわけではなく、もちろん「ペットを持ち込」んでいるわけでもない、と主張することになります。

 他方、
「やめてほしい」と思う立場からは、長時間だらだらとロビーやラウンジを占拠している行為自体がもはや「休憩、歓談等の場として」の使用を超えており、「他の使用者の迷惑となる行為」なのだ、ということでしょう。

 これは、
その人の置かれた立場で、見解が異なってくると思われます。もし私の娘がまだ小学生で、マンション内のお子さん方と遊ぶ年齢であれば、私の妻は、上記のようにうるさく言うことはなかったでしょう。逆に、1LDKにお住まいの単身の方や、子どもは持つ必要がないと決めているDINKSの方、また、プライバシーを重視してマンションにお住まいの方は、私の妻以上に激しく子どもたちの行為を非難しているかもしれません。

 管理組合によって、注意を喚起する貼り紙が何回も出されていますが、一向に事態が変わらないのは、
小学生のお子さんを持つご家庭が「どこが規約違反なのかわからない」と首をかしげ、これを迷惑行為だととらえる方々が「なぜ何べん注意してもわからないんだ」とますます不満を募らせているからに他なりません。そして、この「貼り紙」は、今後とも定期的に貼られ続けていくことでしょう。

 これはやはり、
管理組合の総会の場で、お互いが腹を割って意見を直接出し合い、納得のいくルールを見出すしかありません。逆に言うと、居住者の方がそこまでの気持ちがなく、管理組合に事態を丸投げにして「良くならない」と憤っても、事態は解決しないのです。

 上記のケースはほんの一例ですが、他にも、
ほんの些細なことで居住者同士の意思疎通が図れず、皆が何となくフラストレーションを貯めていることが、どのマンションにも結構あるのではないかと思います。お互いの立場をわかりあうということ、そのためには勇気を少し出して意見を出してみること、それがマンションという「同じ屋根の下の共同生活」には不可欠ですし、誰にとっても一層住みやすい、魅力的なマンションとなるための第一歩ではないでしょうか。

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| コミュニティ | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日はAKB総選挙の日!−都会の大規模マンションで投票率を上げる秘策とは?
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★ 今日はAKB総選挙の日でした。私は2年前まではそんな日があるとは知らず、昨年は「なんだかみんな騒いでいるな〜」くらいに思っていましたが、今年は衆議院解散総選挙並みのTVの開票速報にくぎ付けになってしまいました。あまり見続けると家族から「気持ち悪い」と言われるのが見えていましたので、途中からPC部屋にこもりましたが、常にYahoo!ニュースから目を離さず、彼女たちの順位を追うはめになりました。

 もはやここまでくると
社会現象ですが、AKBの熱狂的な選挙とは対照的に、投票率が長期低落傾向にあるのが政治の世界の本物の選挙です。特に、都会の若年層の投票率の低さは目をおおうばかりで、若者の投票率が20%内外、という結果もざらにあります。地方選挙ともなれば、首都圏では、若者に限らず全体の投票率が20%台になることもあり、8割の人が意思表示をしないまま私たちの代表を選んでいいのか、という疑問もわきます。

 行政も、なんとか投票率を上げようとがんばっているようで、
選挙前になると、ポスターや各種掲示物、テレビやラジオでの呼びかけや、宣伝カーの活用など、さまざまな運動を展開しています。しかし、どれも明確な効果を上げているとは言い難く、もはやなすすべがない、といった感さえあります。

 しかし、本日、興味深い記事を見つけました。本日付の日経ビジネスに掲載された『「政治不信が高まると投票率が低くなる」は本当か』というレポートです。本記事の後半部分を以下『』部分として引用します。

『2004年7月実施の参議院議員選挙における、
横浜市の投票率は55.7%であり、横浜市全域で635の投票所が使われた。その中に一つだけ75.7%という、他の634投票所の記録と比べても極端に投票率の高い所が見つかった。坂口准教授と和田教授が詳細に調べたところ、その投票所は、横浜市西区みなとみらい4丁目のMMタワーズという3棟あるマンションのミーティングルームに位置していることが分かった。

 この投票区における
有権者は、同マンションの住民であり、3棟の真ん中にあるミーティングルームは、住民にとって極めて便利なところにあった。そのため、投票日当日の外出の際に、住民が簡単に投票することができたのだ。「合理的選択モデル」に基づいて解釈すれば、「投票するコスト」が極めて低いことで投票率が高くなったといえる。

 坂口准教授と和田教授は更に興味深い分析結果を、最近発表した。2007年統一地方選挙において、
この投票所は、約250メートル離れたパシフィコ横浜というコンベンションセンターのハーバーラウンジBに移された。その結果、何が起きたか。

 2004年7月の参議院選挙で635投票区中1位であった投票率が、2007年統一地方選挙では、639投票区中558位(投票率は44.1%)まで急落したのである。有権者の多くが、「ちょっと遠くなったから面倒くさい」といった程度の理由で、棄権したのだろう。』

 これは、
驚くべき事実です。大規模マンションのミーティングルームに投票箱を置くだけで、その投票所の投票率が75.7%になった、というのです。あんなに苦労しても上がらなかった投票率が、ちょっとした工夫で、まるで町村並みの高い投票率になるのです。

 上記の記事では、その原因を「近さ」に求めていました。私は、もちろんそれもあると思いますが、
「近さ」に次ぐくらい大きな要素として「コミュニティ力」があるのではないかと思います。

 これは想像ですが、投票所がマンション内に置かれたことにより、その
マンションの管理組合の役員の方などが投票管理のお手伝いをしたのではないでしょうか。マンション住人にしてみれば、顔や名前を知っている方が投票所でがんばっていらっしゃるとすれば、「じゃあ、投票に行ってあげようか」という気持ちになるのが自然です。そして、そのこと自体は大した手間ではないので、進んで協力しよう、となるのだと思います。

 投票に「協力」、というのは変な言い方ですが、おそらくそこに作用したのはコミュニティの仲間同士としてのボランタリーな精神ではなかったかと考えます。したがって、投票所が移されたその次の選挙では、その場所も徒歩3分と十分近い(この点、上の記事の分析とは異なりますが)のにもかかわらず、再び選挙が「他人事」となってしまったのです。

 この気持ちの動き方は、
まさに町村部の投票行動につながるものです。「知っている人が選挙に出ている」「知っている人が投票所にいる」「知っている人から投票を呼びかけられた」という事実は、その人を投票所に向かわせる大きな誘因となると考えます。

 私はここに、
都会のコミュニティの大きなポテンシャルを感じました。人のつながりがますます希薄になっている現代社会において、特に居住者の方が数百人にも数千人にもなる大規模なマンションのコミュニティは、それがマンションという生活の場又は資産価値という共通の利害を持つ運命共同体という意味で、昔のマチやムラに相当する助け合いの社会を作り出せるのではないか、と思うからです。こうなると、今後のコミュニティは、人口が大きく減少していく地方よりも、むしろ大都会の真ん中で活発になる、という面白い結果となります。

 それはさておき、
驚くほど低い首都圏の投票率を劇的に上げるためには、大規模マンションごとに投票所を設けることを提案したいと思います。もちろん、こうなると投票所の設置管理コストが非常に大きくなって大変なのでしょう。上記記事のように、投票率が高かったのに投票所を移動せざるを得なかったのは、やむを得ざる理由があったのだと思います。

 しかし、場合によっては
投票所の設営・維持も、各マンションのボランタリーなベースで行わせてもいいのではないでしょうか。少なくとも、そういう純粋な意欲のある大規模マンションには、希望に応じてやらせてみるくらいの度量があってもいいような気がします(もちろん、選挙に誤りや不正がないよう監視が行き届くのが前提です。)。

 今はこうした
施設単位の投票は、病院や介護施設など、投票に自力で行けない方々の参政権を保障するために限って実施されていると承知しています。今後は発想を少し転換して、大規模マンションを活用して「コミュニティが参加意識を持って行う選挙」ができたらいいな、と思います。

 考えてみれば、
「投票」とは、自らの意思を進んで表明するという、充実した自己実現の手段なのではないでしょうか。本日のAKB総選挙のように、国や地方の選挙にも、全員参加の盛り上がりを期待したいと思います。

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