昭和のマイホーム取得促進は狂乱物価対策だった−持ち家手当の復活が日本を救う?

JUGEMテーマ:マンション


 「努力すれば、家を持てる制度」

 − こんな政策があったのをご存知でしょうか。これは、昭和50年、崩壊した田中角栄内閣の後を継いだ三木武夫内閣が掲げた新たなビジョン「生涯設計〈ライフサイクル〉計画」の具体策の一つです。残念ながら三木内閣は短命に終わったため、これらの施策は日の目を見ることはなかったのですが、私は、このいかにも昭和の時代らしいスローガンに心を惹かれました。

 このビジョンは、
昭和50年(1975年)に村上泰亮氏らが著した「生涯設計〈ライフサイクル〉計画」を下敷きにしたものです。田中角栄の列島改造論から生じた地価急騰による急激なインフレーション、続けて、第四次中東戦争(73/10)による第一次石油危機の勃発により、相次いで発生した便乗値上げ等により、さらにインフレーションが加速、1974年における国内の消費者物価指数が23%上昇、狂乱物価と呼ばれました。

 これらの情勢を受けて、三木内閣が目指したのが
「福祉国家への転換」であり、それを生涯の各段階で体系的に保障し、各人が生きがいを追求することを可能にしようとします。その中の柱の一つが、不動産価格高騰で誰もがマイホームを諦めかけていた時代に夢を持たせる「努力すれば、家を持てる制度」だったのです。

 「生涯設計〈ライフサイクル〉計画」の中で、著者の村上氏が考えていた目標が、
「都心から1時間程度の距離にある60〜65平米の3LDKマンションが1,500万円程度で、若しくは750万円〜1,000万円の土地に75〜100平米の家屋(1,500〜2,000万円程度)が購入できる」ようにすることでした。そして、それが実現するための条件を、金利や住宅価格上昇等を考慮に入れながら緻密にシミュレーションをしています。

 しかし、私が最も驚いたのが、
国民に「頑張らせて家を持ってもらう制度」の真の狙いが、「狂乱物価を抑えるため」である、ということです。つまり、家を買うには「努力して」貯蓄をしてもらう必要があります。そのための奨励策をいろいろ施すことを提案しているのですが、要は、国民が住宅取得のために一生懸命貯蓄をすれば市中に現金が出回らなくなり、金が金を呼んで価格が高騰していく悪循環が止められる、というのです。

 逆に、
皆が家を持つことを諦めてしまうと、人生最大の買い物である家を買う必要がなくなるのですから、その分日々の消費にお金が回ってしまいます。これは、強烈なインフレーションを止めることが国家の最重要課題だった当時の政府にとっては最も望ましくないシナリオだったということです。

 1990年代のバブル崩壊以来、
長らく続くデフレに悩まされている今の日本にとっては、考えられない真逆の社会情勢です。就任以来、年率2%の物価上昇率を目標に掲げる日銀の黒田総裁にとっては、当時は「夢のような」状態に見える、と言ったら言い過ぎでしょうか。

 しかし、もしかすると、
ここに今のデフレを脱却するヒントがあるかもしれません。当時と正反対の施策を取るとすれば、「皆にマイホームを諦めさせる」というのも理屈としては一つの方策です。今はいくら金融緩和を施しても、市中に金が回らない状態ですので、皆が住宅のために貯蓄しても購入は不可能だから、消費に回したほうがベターだ、と思わせる環境にする必要があります。

 もっとも、そのためには、
全ての人に生涯にわたって快適な住環境を提供するという保証をしなければならず、つまりそれだけの立派な公営住宅を国民の数だけ用意しなければならなくなります。もちろんこれは、土台不可能なことです。

 個人的に提案したいのは、
各企業が以前有していた「持ち家手当」を復活させることです。各自が家を持つのはよいのですが、そのためには巨額の住宅ローンを組み、毎月多額の支払いを老後まで続けていく必要があります。この住宅ローンの支払いにより失われる消費機会は、日本全体からすれば莫大だと思われます。

 社員の面倒を一生涯みてきた昭和の日本型家族経営の企業では、
賃貸住宅の家賃補助のみならず、持ち家についても手当を出して支援をしてきました。世界と競争するために、コストカットが吹き荒れる昨今ではすっかり過去の制度になってしまいましたが、これは、単に社員の福利厚生のためだけではなく、負担の重い持ち家世代の家計を助けることで消費を活発化し、ひいては日本経済を下支えする効果をも有するのではないか、と思うところです。
 
 なお、当時求めていた
都心1時間内の新築マイホーム(戸建てで土地・家屋合計2,250万円〜3,000万円)は、あまりに都心と郊外の住宅価格差が出てしまった昨今、実は40年後の今でも実現可能なレベルで存在しています。つい最近見つけた新築戸建物件は、京急本線「馬堀海岸」駅徒歩7分、90平米台の3LDKで1,990万円(https://suumo.jp/ikkodate/kanagawa/sc_yokosuka/nc_88702882/)、「馬堀海岸」駅から「品川」駅までは1時間内で着くことができます。

 不動産価格が毎年1割以上上昇し続けていた当時からすれば、
40年後にそれがそのまま通用できる物件があるなど、夢にも思わなかったことでしょう。経済というのは誠に読み難い、というのが実感です。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
マンション併設のスタジアムパーク−故郷への恩返しは地域活性化の切り札となるか

JUGEMテーマ:マンション


★ 4月27日付朝日新聞デジタルは、『ホテルやマンション併設… 異例のスタジアムパーク構想』と題して、長崎で進行中の驚くべき構想を報じています。以下その概要を記します。

『今季からサッカーJ1に参戦している長崎で、国内では異例の内容といえるサッカー専用スタジアムの建設計画が動き出しています。
予定地はJR「長崎」駅近隣で、スタジアム建設費だけで百数十億円をかけ、そばにはホテルやマンションを建て、総事業費は500億円となる予定です。2023年からの使用をめどに、J1長崎の親会社のジャパネットホールディングスが全額出資する方向で進めています。

 収容人数は2万3千人、ピッチは天然芝にする予定です。
観客席には透明の屋根をつけ、新たに建設するホテルやマンションからも試合を眺められるようにします。建設予定地はJR「長崎」駅から北に約1キロの三菱重工業長崎造船所幸町工場の跡地です。

 プロ野球やサッカーのスタジアムで、同一敷地内でホテルやマンションなど多くの建物を併設するのは、
日本では例がありませんホテル、マンションはいずれも300室の予定で、ホテルでは例えば、スタジアムで試合がある日には相手サポーターの宿泊も想定したもてなしも考えているということです。このほかにアリーナの建設も検討しています。また、敷地内には企業向けの大規模なオフィスもつくり、企業誘致も狙い、新たな雇用の創出も目指すということです。

 ジャパネットHDの高田社長はこの場所に毎日7千〜8千人が行き交うことを考えています。高田社長は
「長崎のなかにもっとわくわくをつくっていきたいという思いで考えた」と話しました。さらに地方創生という観点を挙げ、「おこがましいが、このプロジェクトがうまくいき、『うちも』という他の都市が増え、地方が盛り上がるのではと思い、夢も含めてチャレンジした」と語りました。』

 以上が朝日新聞の記事の概要です。今日もJR「武蔵小杉」駅北口ロータリーでは、川崎フロンターレの試合を見に、大勢の人たちが等々力アリーナ行きのバスを待っていました。
日本にJリーグを立ち上げる時、時の川淵チェアマンがこだわったのは、地域密着型のプロサッカーを根付かせることでした。

 その願いは、紆余曲折を経ながらも、長い年月を経て定着しようとしています。Jリーグカップに優勝しながら深刻な経営難に見舞われた大分トリニータをはじめ、
どのチームも常に資金不足と背中合わせになりながら、地域の人達とともに懸命に夢を追い続けてきました。

 その姿は、何度も苦境にあいながら遂に全国規模となった地方の会社経営者に、自分の姿を重ね合わせるかのような共感を呼び起こさせるのでしょう。1986年、長崎県佐世保市で「有限会社たかたカメラ」から身を起こした「ジャパネットたかた」も、2017年に経営難に陥ったサッカークラブ「V・ファーレン長崎」の救済を目的に、同社をジャパネットHDの子会社にしています。

 造船業がまだ盛んだった昭和50年頃は、長崎市の人口は45万人でピークを迎え、今や政令指定都市となった熊本市と競うほどの人口を有していました。
長崎市の現在の人口は近年減少傾向で42万人、かたや熊本市の現在の人口は74万人に達しています。

 21世紀に入ってから
長崎県の人口減少は他県に比べてもスピードが早く、2000年の152万人が現在138万人となり、30年後の2045年には100万人を切ることが予想されています。江戸時代には出島を擁し、時代の先端を行っていた長崎がその地理的ハンデ等のために危機的状況に陥っています。

 おそらく本件スタジアムパーク構想は、
採算は度外視でしょう。その規模の大きさゆえに、ジャパネットHD本体の経営を揺るがしかねないプロジェクトかもしれません。それでも高田社長がこの構想を推し進めるのは、自分を育ててくれた故郷に、少年時代の活気を取り戻すための一助としての恩返しをしたかったからでしょう。

 地域の中で最も人が集まりやすい場所に、スタジアムと、それを上から存分に眺められる夢のようなマンションとホテル、そしてアリーナまでも作る−確かにこれは、
衰退を続ける地方都市を立ち直らせる乾坤一擲の大勝負です。リスクも大変大きいですが、もしこれが成功すれば、各地に展開できるビジネスモデルにもなり得ます。

 マンションは、人が集ってともに生活する空間を創り出します。それは千代田区、中央区、港区の富裕層対象のタワマンという姿ではなく、人口が希薄化する今の地方にこそ切実に求められている住まい方なのかもしれません。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
渋谷区神宮前6丁目の高齢化率は40%超!−人気の定住の街ほど「老人の街」へ

JUGEMテーマ:マンション



★ 4月9日付ビジネス・ジャーナルは、『東京23区内の限界集落…豊洲、「高齢者ホットスポット」化で資産価値減少の懸念も?』と題して、東京23区内でも進む高齢化事情をレポートしています。記事は池田利道東京23区研究所長に対するインタビュー形式なのですが、その概要を以下に記します。

 東京23区の500人以上が住む町丁(2,870カ所あまり)中、
高齢化率上位5地区は、大田区東糀谷6丁目(60.6%)、北区桐ヶ丘1丁目(58.5%)、世田谷区大蔵3丁目(55.1%)、北区桐ヶ丘2丁目(54.4%)、北区王子本町3丁目(53.1%)です。これらの地区だけが特別なのではなく、30位の渋谷区神宮前6丁目は41.2%、100位の墨田区京島3丁目でも33.1%です。東京23区全体の高齢化率は22%で、若い地域ではありますが、ホットスポット的に高齢化率の高い地域が存在しています。

 多くの場合、
高齢化率が高い地区には団地が建ち並んでいます。なかには墨田区京島3丁目のように木造住宅の密集地もありますが、基本的には団地や共同住宅が密集している地域の高齢化率が高いのです。ただ、板橋区常盤台2丁目は高級住宅街ですが、高齢化率は33.4%と高く、93位にランクインしています。

 東京というのは流動的な地域です。しかし、居住者の定住化が進展すると、当たり前ですが、その居住者は歳をとっていきます。そのため、
「高齢者ホットスポット」のキーワードは「定住」です。

 住宅やマンション、団地は約40〜50年にわたって維持されます。
若い方は40年前の建物に魅力を感じない一方で、高齢者の定住化が進展しました。そして、高齢者の定住化が進むと、街の機能が高齢者向けに特化するようになります。

 たとえば、小児科の代わりに整骨院や整形外科が増えて、子育て世代にとって必要なベビー用品販売店やスーパーマーケットがなくなり、コンビニだけになっていく……
高齢者にとって、より利便性の高い街になっていきます。小売店や地域医療などの施設やサービスが高齢者にとって便利になる半面、子育て世代にとっては魅力がなくなります。そのため、ますます街の高齢化が進展することになるのです。

 東京23区の高齢化率が高い上位100地区のうち、
団地型の町丁74カ所の平均定住率は23区平均(22%)の2倍以上となる47%にのぼっており、団地も大きな福祉施設などもない22カ所の町丁も同47%です。高齢化に悩んでいる街は、つまりは定住化が進んでいる街なのです。

 今も、行政はさかんに定住化を促しています。しかし、定住に価値があったのは、高度成長期で若者が次々と移動し街も活性化することができた時代です。
少子高齢化が進む現在、高齢者の定住がどのような意味を持つのかを、行政は再考すべきです。
 
 今、飛ぶ鳥を落とす勢いのある地区は、
神奈川県川崎市の武蔵小杉と東京都江東区の豊洲でしょう。いずれも巨大なタワーマンションが建ち並び、賃貸ではなく分譲で“終の棲家”として購入する方が多いのです。武蔵小杉は高齢者向けの施設やサービスはほとんどなく、子育て世代や若者向けの街です。しかし、定住が進むと居住者も老いていきます。そのため、武蔵小杉も豊洲も、あと40年くらいすれば高齢化していくでしょう。

 以上がビジネス・ジャーナルの記事の概要です。読んでいて、「あっ」と思わせる内容でした。確かに私が住んでいる
武蔵小杉は、賃貸マンションより分譲マンションの方が圧倒的に多くなっています。家賃が分譲マンションにつられて高くなっていますが、都心への所要時間は結構かかり、賃貸のコスパはあまり良くないと考えられます。

 また、大量に出現した武蔵小杉ファミリーのために、「グランツリー武蔵小杉」をはじめとして、多くのショッピングモールが誕生しました。しかし、上記記事によれば、
これらのショッピングモールも住民の高齢化に合わせて高齢者向きになっていくはずであり、このことがますます若者を遠ざけ、「高齢者の街」へと拍車をかけていきます。

 要は
「流動性に乏しい」ことが街を老いさせるわけです。街は常に新しい「流れ」を求めており、新陳代謝を求めています。動きを止めた街は、澱をその場に沈殿させていくしかないのです。

 振り返れば、多摩ニュータウンをはじめとして、
時憧れとなった大規模再開発でできた集合住宅の街は、ほとんど例外なく住民が高齢化し、その再生に苦しんでいます。今もてはやされている豊洲や武蔵小杉も、40年後、50年後に高齢者がカートを押しながら行き来する街になっている可能性が高いのです。

 そんな街になる前に
早々とマンションを売却して脱出するか、それともその中にとどまって街の活性化に奮闘するか、人気の再開発地の住民は、いつかは判断を迫られる時期が来ることは間違いなさそうです。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
入園保障が購入の決め手?−「駅近」より「育近」で選ばれる保育園付マンション

JUGEMテーマ:マンション


★ 3日付朝日新聞によれば、保育園に確実に入れる特典を掲げた賃貸タワーマンションが登場しました。このマンションの3階部分の一角に定員70人の認可外保育所がオープンし、入居契約を結んだ住民が先着順に入園できます。

 あえて認可外にしたのは、認可園だと入園できるかどうか自治体の選考に委ねられますが、
認可外なら住民が直接契約できるからです。入居の募集を始めた昨年12月以降、保育園を探す「保活」に悩む保護者から、「本当に入れるのか」といった問い合わせが相次ぎました。

 内覧前の段階で数十件が契約、担当者は「自営業者やフルタイム以外の働き方を希望する人など自治体の選考で不利になる世帯のニーズも大きい」と見ています。また、共働き世帯に比べて求職中の専業主婦は選考に不利と言われていますが、本マンションであれば必ず保育園に入れ、「何物にも代えがたい魅力だ」と言います。「保活の不安から解放される仕組みは、子育て世代に選んでもらうための重要なコンテンツになるはず」です。

 保育園併設のマンションは増えてきましたが、これまではほとんどが認可園だったため、
せっかく敷地内にあっても自治体の入園選考に落ちて、マンションの住民が入園できないケースは少なくありません。リクルート住まいカンパニーが調査したところ、小学生以下の子どもがいる女性の35%が「保育園や学童保育が設置されているマンションなら、駅からの距離が遠くても許容できる」と答えています。

 駅近の物件でも保育園が遠いと通勤時間がかえってかさみます。
職場と駅からの距離だけではなく、保育施設が自宅そばにあることを再優先する「育住近接」が注目されています。

 以上が朝日新聞の記事の概要です。子育てがほぼ終わった私にも説得力がある新鮮な記事でした。
「保育園落ちた。日本死ね」が流行語大賞になるほど、保育園入園騒動は、共働きが増えた今日の大きな社会問題になっています。

 認可外保育園(認可園ではなく)のマンション併設が、その一つの重要な解決策になりうることが驚きでした。これまでマンション併設の保育園のほとんどが認可保育園であった理由は、そもそも
自治体が建設業者に認可園の設置を要請することが多かったことに加え、認可外だと入園者集めなど保育園の運営リスクをマンションの管理会社が負う恐れがあるからだそうです。

 しかし、首都圏でこれだけ保育園ニーズがある中で、
現時点での運営リスクは小さいと思われます。入居者付に苦労することなく、相場より高めに貸すことも可能かもしれません。さらに、管理会社としては、マンション賃料と保育料とダブルの収入を得られ、状況に合わせていずれかの料金を下げたり上げたりなど、調整の幅が広がります。

 何より良いのは、
「駅近」ばかりが強調される最近のマンション立地の風潮に、「育近」という新たな価値観を創出したことです。デベロッパーにとってはより安くかつ広く獲得できる土地にゆとりあるマンションを建設できますし、適齢期のお子さんを有するファミリーにとっても、最大の悩みを解決できるとともに、駅近よりもより安い賃料で、かつ、より保育に便利な住まいを手に入れることができるわけです。

 確かにこれは
賃貸マンションだから成り立つソリューションなのかもしれません。分譲マンションでは、保育時期の一時期はよくても、それを過ぎれば保育園の併設は価値を感じなくなることでしょう。賃貸マンションであれば住み替えが前提ですのでそれで良いのですが、分譲では長い目で見てお得かどうかは微妙なところです。

 ただし、
「保育園の入園権付き分譲マンション」は付加価値が付いた中古物件として人気が出て、中古マンション市場でも高く売却できるとすれば、比較的短期のマンションの買い替えを方針として有するファミリーにとっては資産価値としても有益です。

 「駅近」に対するマンション購入者のニーズがどんどん過剰になり、
今や駅徒歩5分圏内でないと「駅近」とは言えなくなってきていますが、私がマンション探しを始めた平成13年〜14年ころは、駅徒歩15分のマンションでも十分人気がありました。

 今回の
「保育園付マンション」や、これに刺激を受けた新たな「サービス付加型マンション」が、マンション立地の可能性を広げ、購入者にとってもwin-winの関係となるようになればいいな、と願っています。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 19:47 | comments(2) | trackbacks(0) |
日本のマンションには未来がない−海外を選択せざるを得ないデベロッパー勢

JUGEMテーマ:マンション


 「もしもし」

 昨年末のこと、懐かしい電話番号から電話がかかってきました。最近はとんとご無沙汰をしていましたが、以前物件を購入した時にお世話になった一流デベお勤めのAさんからでした。

Aさん「ご無沙汰しています。今度、部署を異動になりまして、そのご挨拶です。」

私「あ、そうですか。それはご丁寧にありがとうございます。今までは営業でしたよね。今度はどの部署ですか?」

Aさん「実は海外事業部に異動になりまして」

私「!海外ですか!すごいですね!おめでとうございます!希望されてたんですか?」

Aさん「いえ、希望ではないのですが…弊社としても今後は海外に力を入れていくらしく、かなり人が国内営業から引っこ抜かれているんです」

私「…そうですか。日本も少子高齢化社会ですから、成長の余地も少ないですものね。いずれにしても花形の部署でしょうから、がんばってください」

Aさん「ありがとうございます」

 当時いろいろと相談に乗っていただき、丁寧な対応が好印象だったAさんが、一層活躍できる部署に異動になって、私も嬉しく感じました。ただ、各デベロッパーには、今後海外に注力せざるを得ない事情があるのも確かです。

 先週、国立社会保障・人口問題研究所が2045年までの自治体別の将来推計人口を発表しました。
2045年の日本の人口は1億642万人で1億人を切る手前までに減り、対2015年の人口減少率は▲16.3%になります。東京都も2025年をピークに人口が減少に転じ、47都道府県全てで人口が減少することになります。

 首都圏の新築マンション発売戸数は、2000年に95,635戸でピークを迎えました。これが昨年1年間では35,898戸に落ち込んでおり、ピーク時の3分の1強にまでなっています。資本主義社会では、会社は否が応でも毎年成長を目指さなければたちまち投資家にそっぽを向かれ、株価が下落し、会社経営は立ちいかなくなってしまいます。

 あまり正確な言い方ではないかもしれませんが、各デベロッパーは
発売戸数大幅減少という大きなハンデを、マンション価格の上昇等によりある程度補ってきました。しかし、あまりに高騰したマンション価格に対し、購入対象者の給与の伸びが追いついていないこと、また、そもそもマンションの主要な買い手である生産年齢人口が総人口よりさらに大きく減少していることから、各社はついに「国内マンション市場を見限る」傾向を強めています。

 言うならば、
今の都心超高級マンションの供給は、国内マンション市場における「最後の徒花」なのかもしれません。いくら好調な都心マンション市場に「点」として攻めても、その会社全体を牽引するだけのロットは持ちあわせていません。その意味で、分譲マンション事業は、「これからの構造不況産業」とも言えるのだと思います。

 私は以前は、日本の大手デベロッパーは、その素晴らしい技術とノウハウを海外に移出してくべきだと思っていました。しかし、最近は、
日本のマンション事業とは日本固有の住宅観やマンション観に基づいて行われているもので、世界的に見ればオーバースペックな部分が多いなど、これがすぐさま海外事業に展開できる内容ではないと感じています。

 だからこそ、日本の大手デベロッパーは、
国内事業にとどまり続けたのでしょう。「海外への飛躍を」とは誰でも言える言葉ですが、現実にはそう簡単ではないのです。

 しかし、彼らも
遂に海外に出ざるを得なくなりました。それは積極的な事業展開というよりむしろ、「将来のない国内事業に固執して座して死を待つか、それともいっそのこと」という、かなり追い詰められた選択肢ではなかったかと思います。

 そう考えると、Aさんの海外事業での活躍をお祈りしながらも、首都圏のマンションに住む私としては、
この栄転の意味するところは、日本のマンションを切り捨てることにつながるのではないか、と漠然とした不安を感じたのでした。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
幸せにほっこり暮らすには−特急駅から一つそれた各駅停車駅の魅力

JUGEMテーマ:マンション


★ 普段の通勤で使っている東急東横線で、常日頃私が「面白いな」と思っているのは、特急停車駅を一つそれた各駅停車駅の魅力です。特に注目しているのが「祐天寺」駅と「新丸子」駅です。

 「祐天寺」駅は、今や超メジャーとなった特急停車駅「中目黒」駅の隣駅です。「中目黒」駅と商店街が賑やかな急行停車駅「学芸大学」駅にはさまれて、言わば
「地味な駅」なのですが、若い女性客が結構乗り降りしています。同様に、「新丸子」駅も、特急停車駅「武蔵小杉」駅の一つ手前ですが、こちらの乗降客も若い女性が多いのです。

 ちなみに東急東横線の乗降客数を調べると、
「祐天寺」駅は30,877人で、「学芸大学」駅77,224人の半分以下、各駅停車駅「都立大学」駅48,584人にも及びません。「新丸子」駅は26,616人で、各駅停車駅「元住吉」駅65,463人に遠く及ばない数字です。若い女性の乗降客が多い、というのは気のせいなのかもしれません。

 しかし、特急停車駅を一つそれた
各駅停車駅の良さもあります。一つは家賃相場です。「祐天寺」駅の家賃相場は、HOME'Sによれば、単身用で9万円で、東急東横線の「渋谷」駅〜「自由が丘」駅間で最も安くなっています。また、「新丸子」駅の家賃相場は、単身用で7.46万円で、こちらも「自由が丘」駅〜「武蔵小杉」駅間で最も安いのです。

 もう一つは
利便性です。各駅停車駅とは言え、「祐天寺」駅界隈から「中目黒」駅までは徒歩15分内で行ける立地がかなりあります。「新丸子」駅はもともと「武蔵小杉」駅にとても近く、その間は徒歩6分で行けてしまいます。

 しかし何といっても惹かれるのは、
「祐天寺」駅周辺、または「新丸子」駅周辺の有する街の魅力です。確かに街の規模は中目黒や武蔵小杉に比べるとずいぶん小さいのですが、その小ささがほっとする住みやすさにつながっています。

 中目黒や武蔵小杉だと店舗の賃料も高騰しており、
よほどの大資本でないと店を出せません。逆に、それらの全国チェーンが軒を並べると、集客力に劣る昔ながらの地元店はつぶれるしかなくなります。実際、「武蔵小杉」駅北口で私が昔から好きだった2軒の地元ラーメン店は次々と店をたたんでしまいました。

 乗降客の少ない各駅停車駅は、客を相対的に集めにくいことから全国チェーンの大規模店舗があまり出店したがらず、
チェーン店でも中小店舗が地元店舗と仲良く商店街を形成したりしています。この雰囲気が実によく、地元に根付いた総菜屋やお菓子屋さんで買い物したり、お茶を飲んだりできて、「身の丈サイズ」の安心感があります。

 都心で働く
女性は特に、オフィスでは気が張っていることと思います。そんな張り詰めた気持ちが自然と和むような街の雰囲気が、祐天寺や新丸子には確かにあります。

 都心の職場には近いのが何よりですが、
自宅の近くまでにぎやかな街である必要はどこにもありません。「祐天寺」駅も「新丸子」駅も東急ストアが併設されていますので、日々の必要なお買い物はそれでOK、あとはお気に入りの品々を商店街で買うだけで十分です。

 不動産の資産価値、という意味では、祐天寺より中目黒でしょうし、新丸子より武蔵小杉再開発エリアなのでしょう。でも、
幸せにほっこり暮らす、という意味では、「特急駅を一つそれた各駅停車駅」の方がよさそうな気がしています。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
住みたい街が都心から郊外へ−傾向に大きな変化がみられる2018ランキング

JUGEMテーマ:マンション


★ リクルート住まいカンパニーは2月28日、『SUUMO住みたい街ランキング2018 関東版』を発表しました。その総合順位は、次の通りです。

1 横浜  2 恵比寿  3 吉祥寺  4 品川  5 池袋
6 武蔵小杉  7 新宿  8 目黒  9 大宮  10 浦和


 目立つのは、横浜、武蔵小杉、大宮、浦和と、東京都外である4つの街がトップ10に入っていることです。ちなみに、2016年、2017年は、次の通りです。

2016年
1 恵比寿  2 吉祥寺  3 横浜  4 武蔵小杉  4 自由が丘
6 目黒  7 池袋  8 新宿  9 東京  10 二子玉川


2017年
1 吉祥寺  2 恵比寿  3 横浜  4 目黒  5 品川
6 武蔵小杉  7 池袋  8 中目黒  9 東京  10 渋谷


 実は2016年、2017年と2018年では統計の取り方が異なり(2018年は調査母数を増やし、標本抽出方法を変更)、正確な比較はできませんが、横浜、武蔵小杉は常連なので置くとして、2018年は大宮と浦和がそれぞれ前年順位15位、19位から急に上げてきたのが特徴と言えるでしょう。

 分析すると、大宮、浦和は圧倒的に地元民(埼玉県民)の支持率が高く、
「新幹線も停まる交通アクセスの良さ」(大宮)、「文教都市、落ち着いた住宅地の街並み」(浦和)といったその街ならではの住みたい理由が多く見られていました。

 その他の特徴としては、まずあげられるのが
吉祥寺の退潮傾向です。2016年2位が2017年には1位に返り咲きましたが、2018年3位と下げています。一方、品川(2016年13位→2017年5位→2018年4位)、池袋(2016年7位→2017年7位→2018年5位)、新宿(2016年8位→2017年12位→2018年7位)、目黒(2016年6位→2017年4位→2018年8位)と、山手線ターミナル駅の人気の根強さが目立ちます。

 対照的に、
自由が丘は2016年4位→2017年11位→2018年13位と、順位を下げてきました。二子玉川も2016年10位→2017年13位→2018年16位とランクダウンしています。その他、表参道、三軒茶屋、秋葉原、下北沢、三鷹、代々木上原、有楽町、高円寺、目白、代官山、阿佐ヶ谷、錦糸町、茗荷谷、麻布十番、神楽坂、広尾といった、それぞれ特徴のある人気の街が2年連続順位を下げました。

 対照的に2年連続順位を上げているのは、
川崎、柏、海老名、津田沼、さいたま新都心、舞浜、町田、調布、川越、水戸、流山おおたかの森、所沢、新浦安、研究学園、川口、本八幡、上大岡、守谷、新百合ヶ丘、松戸、橋本、海浜幕張、勝田、南浦和、新横浜、成田ですから、上記の2年連続下げている都市との違いは明らかです。

 すなわち、
住んでみたい街が「都心又は23区のあこがれの街」から、「郊外だけど便利なターミナル駅の街」というより現実的な回答に変わってきているのです。その背景には、都心・23区物件価格の高騰によりこれらの地域のマンション購入が叶わなくなっていることもあるでしょう。

 しかし、これらの人気上昇地の顔ぶれを見ていると、
何となく安心するのは私だけでしょうか。それぞれの地域を大事にする暮らし方が見えてきた2018年の住みたい街ランキングとなりました。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
積水ハウス 積水ハウス − 昭和の夢と平成の幸せ

JUGEMテーマ:マンション


★ 今晩もテレビでは「積水ハウスの歌」が流れていました。私はこの歌を聞くといつも少年時代に戻ったような気持ちになります。インターネットで調べてみると、「積水ハウスの歌」は、1970〜1971年放送のサッカー漫画「赤き血のイレブン」の合間のCMで流れたのが最初です。

 当時私は小学生でした。
2K程度の狭い社宅に家族5人が住んで、毎晩夕方には兄弟でわくわくしながらTVを観ていました。父も母もまだ30代で、宴会が嫌いだった父は夕方には帰宅していて、午後6時半には必ず家族5人で小さな食卓を囲んで夕ご飯を食べていました。私たち家族には家も車もまだありませんでしたが、明るい未来が常に待っていると感じられる毎日で、「積水ハウスの歌」はそんな私たちの気持ちにすんなり入ってきました。

 大きくふくらむ 夢 夢 夢
 輝く朝の窓 光 光 光
 誰でもが願ってる 明るい住まい
 積水ハウス 積水ハウス

 みんなが持ってる 夢 夢 夢
 この手でつくりたい 我が家 我が家 我が家
 誰でもが願ってる 明るい暮らし
 積水ハウス 積水ハウス


 5年後、父はこのCMに促されるように、朝の光がいっぱい入る明るいマイホームを自分の手で作ったのでした。

 「積水ハウスの歌」の作曲は数多くのヒットCMソングを手がけ、ドラマ「寺内貫太郎一家」の寺内貫太郎役で一躍有名になった
小林亜星です。シンプルで明るい曲風が皆に好感され、半世紀にわたって積水ハウスの企業イメージ向上に絶大な影響を及ぼしています。

 1960年に設立された
積水ハウスの創立50周年となる2010年からは、コピーライター・作詞家の一倉 宏により新たな歌詞がつけられ、ジャズピアニスト・ボーカリストの村上ゆきの歌唱による新バージョンが放送されています。曲調も、私たちオールド世代の郷愁を呼び起こすかのように、センチメンタルなものになりました。

 一日(ひとひ)を終われば 待つ ひと 家
 季節の描く道 胸に 灯る 明かり
 あの街にあの家に こころは帰る
 mmmm mmm  積水ハウス

 明日へ未来へ また ゆく 日々
 いつでもいつまでも ひとは 家を 想う
 やすらぎとしあわせを だれでも願う
 mmmm mmm  積水ハウス

 春の日夏の夜 花 月 雪
 この星この時の 秋も 冬も いまも
 美しいいのちみな あふれて生きる
 mmmm mmm 積水ハウス

 この街にこの家に こころは帰る
 家に帰れば 積水ハウス


 また、アルケミストが2011年には同じく一倉 宏作詞により「ぼくらの街バージョン」、2013年には「ぼくらの街フレキシブルバージョン」を出しており、こちらは若い10代の視点からの歌詞となっています。

 夕暮れチャイムがきこえるころ
 こころはその胸は
 なにを思うだろう
 おはようもおかえりも
 この街にある
 きみの住んでる 積水ハウス

 その駅降りれば 生まれた街
 にぎわう道をゆく
 ひとも店もみんな
 生きている 笑ってる
 ふと見上げれば
 きみの住んでる 積水ハウス

 都会の空でも ふるさとだろ
 すべてを懐かしく
 いつか思うだろう
 ぼくたちは この街が
 やっぱり好きで
 きみの住んでる 積水ハウス

 ぼくたちは この街が
 やっぱり好きで
 きみの住んでる 積水ハウス


 最近はいろいろなアレンジバーションがあり、本日私が観たのはクリス・ハートの英語の歌詞をバックにした積水ハウス「イズ・シリーズ」のCMでした。いずれも心を掻き立てずにはいられないCMで、その効果の大半はやはり「積水ハウスの歌」からもたらされています。

 思うに、
昭和の「積水ハウスの歌」は、未来へ向けた明るい夢の物語で、そこに一点の曇りもないものでした。平成の「積水ハウスの歌」は、未来の夢よりも、そこにある幸せと安らぎの物語です。昭和の積水ハウスは、未来へ出かけていくための朝日の家で、平成の積水ハウスは、思い出へ帰っていくための夕暮れの家なのです。時代とは、そういったものなのでしょう。 
 
『分譲マンション・アップデート』へ
 


| ノウハウ・経験談 | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
人間は忘れる動物である

JUGEMテーマ:マンション


 「最近、物忘れがひどくて…年のせいかな」「ごめんなさい、人の顔を覚えるのが苦手で…」

 いずれもよく聞く言葉で、特に後者は、私が実感として思っていることでもあります。通常、加齢とともに、記憶能力が落ちていくとされています。知力・体力の衰えをさみしく受容しつつ、こんな言葉を発するのが常であります。

 しかし、私が最近読んだ本(すみません、立ち読みでしたので題名が…)によれば、最新の研究では、
脳細胞は加齢によって劣化したり、縮小したり、消滅したりするものではなく、むしろそれは脳の使用量によって決まるのだということです。つまり、脳を使えば使うほどこれらの脳細胞は発達し、それは高齢者かどうかは関係がない、というのです。

 昔、よく聞かされたのは、
脳細胞の活動は20歳くらいが最高で、その後は1日約10万個死滅していくのだということで、「ああ、それで記憶力が低下していくのだな」と哀しく納得していたのですが、実は脳細胞の衰えは、単に「使っていない」ことの証なのでした。

 「受験生の頃はあんなによく記憶していたのに」と嘆く前に、その頃の勉強方法を思い返してみるといいのです。おそらく
英単語集や数学公式集を何度も何度も繰り返し読み、覚えようと努力していたに違いありません。私は50歳になってそんな勉強をかけらもしておらず、名刺交換しても意識してその人の顔と名前を覚えようとしていないことに気づきました。要は、「怠けている」だけなのです。

 そう思うと、普段脳を使っていない自分を恥じ入ると同時に、
未来への希望が湧いてきます。そして、もう一つ、この本を読んで、「なるほど」と思うことがありました。

 それは、上記の話と逆説的ですが、
「忘れる」ことの効用す。人間は、ありとあらゆることを認識し、脳に情報を入れ込みます。そのとき脳は、スムースに流れる川の流れのように、情報を必要なものと不要なものとに取捨選択しながら、柔軟に活動しているのです。

 もし「忘れる」ことをしなければ、人間の脳は早速根詰まりを起こすか、あるいははじめから情報を受け付けないといった態度をとることでしょう。
ほとんど忘れることはないのですが、ごく狭い情報量で生きるのが人間以外の他の哺乳類です。「忠犬ハチ公」は、実は「忘れることのできない」犬の習性の限界事例なのかもしれません。

 そして、この
「忘れる能力」が人間に生きる希望や、社会の発展をもたらしてきたのではないか、と思います。どんなに打ちひしがれても、どんなに失敗しても、その傷はいつしか癒され、あるいは克服されて、人間は前に進めるのです。

 なぜこのブログでそんな話をしているかというと、
マンション価格についても、忘れっぽい人間だからこそ価格上昇や下落が許されるのではないか、と思うからです。例えばつい10年ほど前までは、坪単価150万円程度の千代田区神田アドレス、中央区八丁堀アドレスなどの都心新築マンションがありました。

 10年後の今日、同じような場所で新築マンションを購入しようとしたら
その3倍近く、坪単価400万円程度はしてしまいます。消費者物価がなかなか上がらないこの日本で、こんなに価格が上昇している主要商品が他にあるでしょうか。

 しかし、ある面では、
価格がこれだけ上昇してもそれに傷付くことなく買い手がいるからこそマンション市場は活発化しているのです。それだけ私たちは、よく言えば「現状適応能力に優れている」わけですし、悪く言えば「忘れっぽい」と言えます。

 ビットコイン価格も、ほんの1ヶ月前は200万円を軽く超えていましたが、今やその価格は80万円そこそことなり、
1週間前には今の価格の1.5倍の120万円程度だったことさえ、忘れ去られようとしています。大損をくらった人もいることでしょうが、それでも朝日は昇るのが人間社会の良いところなのでしょう。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
駅近は貧しさの象徴?−不思議の国ニッポンが取った選択

JUGEMテーマ:マンション


★ 総務省が29日に発表した住民基本台帳人口移動報告によれば、東京圏は11万9,779人の転入超過で、前年に比べ1,911人の増加となりました。平成28年は転入超過数が減少に転じたのに、平成29年は再び増加となり、人口の東京一極集中がますます進んでいることが浮き彫りになりました。

 この統計では23区の内訳が示されていないのですが、他の統計の資料で類推するに、
都心部ほど人口集中が著しいと思われます。また、私たちがマンション購入で感じているように、駅近の物件ほど人気が高く、それに伴ってマンション価格も高くなっています。都心3LDK新築マンションは今や、億ションでない物件を探すのが難しくなりました。

 しかし、
日本の常識は、必ずしも世界の常識ではありません。例えばアメリカです。もちろん、ニューヨークのマンハッタンにマンションを買うとすれば、とてつもない価格になるのでしょうが、一般的には、住居は郊外へ求めることが望ましいとされているようです。

 実際、
アメリカ国民の4分の3が人口10万人以下の自治体や、自治体すらない地域(未法人化区域。unincorporated area)に住んでいます。居住者比率を見ると、未法人化区域が15%、5千人以下の自治体が11%、5千人〜2万5千人の自治体が18%、2万5千人〜5万人が18%、5万人〜10万人が14%で、合計76%です。したがって、10万人以上の都市の居住者は全体の4分の1弱(24%)に過ぎません。

 一方、
日本では、10万人以下の市町村には総人口の3分の1以下(30.7%)しか居住していません。日本国民がいかに都市好きかがわかる数値です。日本の人口が都市へ、都市へと集中するのに対し、アメリカの人口は、周辺へ分散していく傾向があります。ハーバード大学のハソック教授によれば、「(アメリカでは)過大都市の住民は新しい中小都市を創設して、人口を拡散する傾向がみられる」というのです。

 アメリカの第三代大統領のトマス・ジェファソンの言に代表されるように、
アメリカではスモールタウンこそがアメリカ人の一つの「夢」とされ、「郷愁的理想郷」となっています。アメリカの大都市は1950年代から1990年代までの40年間にいずれも人口が大幅に減少し、団塊の世代を中心に農村部や郊外のスモールタウンに移転する人々が増加したほか、インターネット社会になって、大都市の「会社勤務者」からスモールタウンの「在宅勤務者」になる人々も着実に増えてきました。

 ただし、これは、アメリカの
人種の問題(segregation)とも絡んでいますので、手放しで礼賛するわけにもいきません。都市の中心部には、自家用車などの移動手段を持たない低所得者層が住みつき、これを嫌った中高所得者層が郊外に「スモールタウン」をつくり、自分たちだけのコミュニティを形成していったのです。

 日本もつい最近まではアメリカと同様の発想法でした。東急電鉄の田園都市構想に代表されるように、郊外に整備されたニュータウンを形成し、同程度の所得層で構成される住民たちが計画的な区割りの中に綺麗な一軒家を持って住んできました。世田谷区ではむしろ、岡本や等々力、深沢など、
駅に遠い第一種低層住居専用地域に駐車場付き戸建を建築する方がステイタスとされてきました。公共交通である鉄道に頼って集合住宅で生活せざるを得ないのは、貧しさの象徴だったのかもしれません。

 このような郊外志向トレンドが崩れ去ったのは、土地神話の崩壊、夫婦共働き世代の台頭、それらをひっくるめて
日々の生活の余裕の無さがなせる業のような気がします。世間のお父さん達が夕焼けを見ながら奥さんとお子さんが待つマイホームに夕食を楽しみにしながら帰宅する、といったライフスタイルが続いていれば、何も駅徒歩1〜2分のタワーマンションに好んで住む必要はないでしょう。

 昨年、ロンドンで起きた
タワーマンション火災で意外だったのは、被災者である居住者がいずれも低所得者層であったことです。とても郊外に戸建を買えない層が、おそらくは役所が効率的に管理しやすいというメリットを主要な理由の一つとして、このようなタワーマンションに住まわせられていたのでしょう。

 もし日本が−つい最近までそうだったように−アメリカ型の郊外一軒家タイプが
「夢のマイホーム」であり続けたとしたら、今の日本の極度にいびつなマンション価格構造にはならなかったと思います。「貧しさに負けた」日本が、かえって都心地価・マンション価格の高騰を生んだかのようで、それはまさに我々自身に責を帰すべき選択だったわけです。

『分譲マンション・アップデート』へ


| ノウハウ・経験談 | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) |